暴君皇帝④
あの謁見の時から、この皇帝の真の姿は噂とは違うのではないかと考えるようになった。
だって私のことを何か知りたいのなら、拷問でも何でもできる立場だ。
そもそも、皇女が欲しがっているローアルを手に入れるためなら、邪魔な私を城に迎え入れたりしないはず。
気に入らなければ私の意見を聞かなくても、首を刎ねることもできる。
でも皇帝はそうはせず、自ら対応している上に私を人間として丁寧に扱ってくれている。
それが何故なのか、理由が全然分からない。
「———母親の名前はなんという?容姿はどのようなものだったのだ?
やはりそなたに似て、赤毛の髪をしていたのか?」
「私の母は、《トリステル》と名乗っていました。やはり髪は私と同じ赤茶色でした。
子供ながらも美しい人だと思っていました。
ですが、私を愛しておらず…
おそらく、憎んですらいたのではないかと思います。」
うっすら覚えている、赤茶色の長い髪を束ねた母親は、いつも私に背中を向けていた。
死なない程度に水と食料を与えてくれたが、私のそばには寄りつこうとせず、眠る時さえ一緒にはいなかった。
時おり恨めしそうに私を見ては、冷たく手を振り払った。
とにかく笑わない人だった。
なぜ、そんなことを聞きたがるのだろう?
私は皇帝の顔をそっと横目で眺めた。
「エステレラよ。エスピーナは亡くなった皇后の娘だ。
わたしには他に、妃も側室もいない。
だからわたしには、あの子以外に子供がいないのだ。
皇位継承権もあの子が一位だ。
もしこのまま、わたしが亡くなったら…
あの子は無理やりローアルを皇位に就けるだろう。そんな子なのだ。
たった1人の大切な娘だからと、わがままに育ててしまった。
分かるか?エステレラよ。
それでもわたしは、あの子が可愛くて仕方ないのだ。」
「皇帝陛下?申し訳ありません。お話がよく分かりません…」
「ふむ。少々難しい話しをしたようだ。
良い。刺繍は見事だった。
そなたはこれを皇室のために作ると良いだろう。
何事にも精を出すようにするのだぞ。」
そう言って皇帝は、まるで愛玩動物でも愛でるかのように私の頭を撫でた。
不思議な気持ちだった。
しかしもう、怖い噂のある皇帝を怖いとは思わなかった。
◇
〈北の皇女宮・エスピーナの寝室〉。
「…なぜあの女がお父さまに呼ばれるの?
ローアルとだって結局引き離されたし!
納得いかないわ!
ね、そうでしょ?フォンセ!
おかげで決行が遅れてしまったわ!
西の塔へ行ったら、あの子を部屋から呼び出して、フォンセに片付けさせるつもりだったのに!」
「は!皇女様のいう通りでございます!」
ガウンを着たエスピーナは、他の使用人を下がらせた後で、フォンセに不満気に吐き捨てた。
「皇女様、心配はございません。
皇帝陛下があの下賎な者を西の塔に帰し、部屋に戻ったところを狙いましょう。
あのようなひ弱な者など、ほんの一太刀で息絶えるでしょう。」
「そう?ええ、そうよね。さすがフォンセだわ。
私の専属騎士。
私だけに忠誠を誓った騎士。
当初の残酷に殺すという予定は無くなってしまうけれど、目的は叶えられるわね。
お前を信じているわ。」
「は!」
フォンセが腰に携えた剣の鞘を握り、企みに嘲笑すれば、エスピーナも同じように笑う。
〈西棟、使用人室。深夜〉。
腰に剣を携えたフォンセは、エスピーナの命令を遂行すべく使用人の宿舎に忍び込み、エステレラの部屋にあっけなく侵入した。
エステレラは怒涛の一日の疲れのため、泥のように眠っていた。
フォンセはそれを確認し、嘲笑した。
手にしている剣は普段皇室騎士団で使っているものとは違い、皇女から特別に賜った暗殺用の剣である。
実はフォンセは皇女に仕えてからというもの、皇女の嫌いな者や邪魔な者たちを、こうやって何人も葬ってきた。
フォンセは皇帝ではなく、エスピーナに心酔していた。
だからエスピーナの願いなら何でも叶えてあげたいと考えていたのだ。
「お前ごとき下賎な貧民が、皇女様の邪魔をするのが悪いんだ。」
小さく呟き、フォンセは剣を静かにエステレラの真上に掲げた。
それに興奮を覚えながら、やがて勢い良く振り下ろした——————。
♦︎人物紹介♦︎
【アウトリタ・タエヴァス・トルメンタ】…トルメンタ帝国皇帝。
アウトリタ・イタリア語:意味:権威
タエヴァス・エストニア語:意味:天
トルメンタ・スペイン語:意味:嵐
【トリステル】…エステレラの母。
フランス語:意味:悲しみ。
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