暴君皇帝③

 「早く2人を引き離して!!

 わたくしに女の方は必要ないのだから、西の塔にはあの子1人をやって…」



 「まあ、待て。エスピーナ。

 それも本人に直接聞こうではないか。」



 「お父さま!?」



 あっさり皇女を止めた皇帝は、今度はローアルを試すように尋ねた。



 「ローアルよ、お前はどうしたい?

 このままペットのようにエスピーナの所有物となるか?それとも……」



 「恐れながら陛下。僕は、エステレラと離れることはできません。

 それが叶わないなら、どうぞこの首をお刎下さい。」



 ローアル…!!



 「私も同じです、皇帝陛下!

 ローアルだけを連れて行くというのなら、私もここにいる意味はありません……!

 どうぞローアールと一緒に首を刎ねて下さい!」



 私も同じ気持ちだった。



 ローアルと離れたくない。

 離れるくらいなら、死を選ぶ。



 隣にいるローアルと手を繋いで、2人で皇帝にそう訴えた。


 

 それを見ていた皇女がまた、不快そうにこちらを睨む。

 傍にいるフォンセも同じように私達を睨み、極端に顔を歪ませた。



 「ワハハハッ、そなたらは本当に面白いな!

 エスピーナよ、ここは大人しく傍観してみてはどうだ?

 この二人は皇室の従者としての資格があるか見極めたい。しばらく、わたしが預かろう。」



 「お父さま!!」



 面白いものを見つけた、とでも言いたげに皇帝が高らかに笑う。



 隣の皇女は歯痒そうにドレスの裾を握りしめ、ブルブルと震えた。



 「では謁見は以上だ。この者達は速やかに西の塔に連れて行くように。」



 謁見が始まってから一番大きな声を張り上げた皇帝は、立ち上がってマントを翻した。

 そこにいた兵や騎士たちが一斉に頭を下げる。



 


 もしかして、私たちは引き離されずに済んだのだろうか…?



 わがままを通したのに、処刑もされずに?



 「こ、皇帝陛下の寛大な処置に感謝いたします。」



 「と、トルメンタ帝国に祝福を。」



 いつか役に立つはずだと覚えた感謝の言葉を、それぞれ呟く。

 去っていく皇帝に二人で頭を下げた。



 あれが噂の皇帝。怖かった。



 恐怖でまだ手がブルブルと震えている。

 でも………



 私はふと、遠のく皇帝の顔を盗み見た。

 とある疑問が浮かんだからだ。




 皇帝は本当に、あの噂通りの冷血な暴君なのだろうか?と。




 確かに皇女の方は、人の命を軽く見ている。

 きっと私が学んだ、たくさんの皇族の思考と変わりない。



 でも、暴君と恐れられている皇帝の方は、本や噂とは少し違う気がしていた。

 威圧感はあるものの、残虐な面を見なかった。

 まだ私が何も知らないだけかもしれないけれど。



 少なくともローアルは皇帝のおかげで、皇女の手を逃れたのでは?




 ◇◇◇



 ———皇帝の私室。



 「それを教えたお前の母親は、どうしたのだ?」



 私は皇帝のそばにいた。

 あの一件の後すぐにだ。

 ここは皇帝の私室で、奥には寝室もある。

 なぜ私のような者が皇帝のそばに?

 


 遡ること、数時間前。

 あの後、皇宮の敷地内にある西の塔に通された私とローアルは、使用人部屋を隣同士で使うようにと言われた。



 質素な部屋には服を仕舞うスペースと、小さなベッドと薄い毛布があった。

 その他には特に何もない。



 使用人が着る服を一着渡され、洗濯は自分達でするようにと言われた。

 また、食事は配給制で、定時に自分たちで取りに来るようにと。

 共同風呂は、2日に1度だけ入っていいらしい。



 ただ、二人一緒の部屋で寝てはいけないと言われた。



 結局そこで厨房に配給を取りに行き、ローアルの部屋で二人でご飯を食べた。

 しかしそこに城の兵がやってきた。


 

 「皇帝陛下がお呼びだ。ただし、エステレラのみだ。」



 それを聞いたローアルが不安そうな顔をして、私の服の袖を掴んだ。

 だから私はローアルに「心配しないで。」と安心させるように言った。



 でも、あの皇帝がなぜ私だけを?



 娘のお気に入りのローアルを手に入れるため、邪魔な私を殺す可能性も十分にある。

 本当は恐ろしくて堪らなかった。

 

 

 しかし私室に入っても皇帝は、いたって普通の対応をした。

 そして用意させた生地と刺繍道具を渡して、目の前でさっそく刺繍をするようにと言った。



 受け取ったのはどうやらトルメンタ帝国に流通している高級生地のようだった。


 

 始めは皇帝がそばにいることにで緊張が増し、うまくできなかった。

 だが覚悟を決めて、刺繍を始めた。



 皇帝は人払いをし、私の真向かいのソファに座り、それを黙って見ていた。



 不思議な人だ。



 “お前の母親はどうしたのだ?”

 なぜそんなことを聞きたがるのだろうと思いながらも、質問に答えなければと思い口を開いた。



 「私の母親はある日を境にいなくなりました。

 理由は貧しかったせいだと思います。」



 「そうか。恨んだりしなかったのか?」



 「恨みはしませんでした。

 スラム街では、親が子供を育てきれずに捨てるのが、当たり前の世界だったので。」



 「ふむ…」



 またしても疑問が湧きあがった。



 ずっと冷血な皇帝は、貧民を差別し迫害していると聞いていた。

 それなのに何故あんな場所に、この人たちは立ち寄ったのだろうか?

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