暴君皇帝②
「申し上げます。皇帝陛下、もう一人の少年もお連れしました。」
「ああ。分かった。」
振り返ると、そこには兵に連れられたローアルがいた。
「エステレラ!」
「ローアル……!!良かった!」
「お父さま、見てくださいな!あの少年があのような美しい姿になりましてよ!エスピーナはまた見惚れてしまいますわ!」
その場にローアルが現れると、皇女が興奮気味に声をあげた。
たしかに、皇女に気に入られてしまうのも頷ける。
ローアルは、光沢のあるシルク生地のシャツや銀糸の刺繍が入ったベストに、腰回りに革ベルトを締め、ベルベット素材のトラウザーズに、黒の高そうな
いつもは無造作な銀髪もかき上げられ、きれいに整えられていた。
そのせいか、端正で整った顔立ちに薄紫色の瞳がより映えている。
絵本の中に登場する、まさに王子みたいだ。
「皇帝陛下と皇女様の前だぞ!控えよ!」
再会を喜んでいるのも束の間、フォンセの怒声が聞こえて、私たちは慌ててその場に平伏した。
「そなたらの名は?」
皇帝はさほど興味もなさそうに、低い声で私たちに問いかける。
「…恐れながら、僕の名前はローアルと言います。」
「…私の名はエステレラと言います。」
すっかり萎縮しながら、私達は皇帝に名前を名乗った。
皇族の前で何か不敬を働けば、簡単に殺されてしまうことを知っているからだ。
「ふむ。さて……娘が強引に連れてきてしまったとは言え、ただでこの皇宮に置くわけにもいかない。
ローアルよ、お前には何か特技はあるのか?」
「僕はその……狩りが得意です。」
「ほう?その歳でか?
どんな獲物を獲るのだ?」
「小さなウサギや、渡り鳥、鹿や猪などでございます。」
「なるほど。では後ほどそなたの腕を見るとしよう。」
周囲の騎士や兵達がざわついた。それからしばらく間が空く。
その沈黙がやたら恐ろしく感じてしまう。
「それで?エステレラとやらは、何かできることはあるのか?」
そう尋ねられて、私は少しだけ顔を上げた。
皇帝の顔というよりは、その足元の方を遠目に眺めた。
怖くて無意識に唇をかみしめる。
「私は、刺繍ならできます。」
「刺繍だと…?」
「はい。」
「あのような不毛な地で刺繍など、どうやって覚えたのだ?
そなたらに親はいないと報告を受けているのだが?」
「はい。親はおりません。
しかし以前は母親と一緒に暮らしていた時期があり、その頃に教わったのです。」
実際は教わったというよりは目で覚えた、という方が正しいのだけれど。
「ふむ。そなたらは貧民の子でありながら実に教養があるな。」
皇帝は、しばらく何かを考えるように肘掛けに置いた手をトントン、と二、三度鳴らした。
「面白い。娘の拾い物だが、興味深い。
この2人を西の塔へ連れて行き、教育を受けさせよ。
ローアルは2日後に狩猟へ、エステレラはわたしに刺繍した品物を献上するのだ。
後で針と銀糸と生地を与える。
そなたらの腕が確かなら、この皇宮に従者として迎え入れよう。」
「お父さま!?彼はわたくしに下さいな!
そういう約束でしょう?
狩猟なんかさせたくないわ!
ケガでもしたらあのキレイな顔に傷がついてしまうでしょう?」
皇女は慌てて立ち上がり、ローアルを物のように指差した。
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