前世編〈皇宮〉
暴君皇帝①
◇
———トルメンタ帝国の城など、私達には一生縁のない場所だったはずだ。
石壁の分厚い外壁だけでも数メートルあり、中心に皇城は聳え立っていた。
美しく磨き上げられた城の正面は、各所の松明に照らされて、よく見渡せた。
城に近づくにつれ、兵士があらゆる場所に立っている。
かなり厳重な警備だ。
これだけの数を考えれば、ここを脱出するのは困難だろう。
城の中に入るなり、私達は引き離された。
「エステレラ!」
「ローアル!」
彼の背中はあっという間に見えなくなった。
一人になって、私は何とか気持ちを落ち着かせた。
大丈夫。落ち着いて、ローアルにはきっとまた会える。
こんなところで私達は別れたりしない。
まさかここで処刑されて、終わったりしないはずだ。
根拠はない。
でも『月と星は離れない』。
あのローアルの言葉がそう思わせる原動力になっていた気がする。
少なくともローアルは、大丈夫だ。
皇女様に気に入られているうちはきっと。
——————
それから私は離宮にある使用人達の、ぬるい風呂に強引に浸らされた。お湯が鼻や目に入って苦しかった。
「全く!
どうしてお前みたいな汚い貧民の子供を私たちが風呂に入れなければならないの?
お前の連れが皇女様のお気に入りでなければとっくに首を刎ねられて死んでいるのに!」
「本当よね、不潔で触るのも嫌だわ!」
「お前のせいでよけいな仕事が増えたわ!
貧民の分際で。
その上衣服も用意させるだなんて!」
皇室に勤める女性の使用人達は、私に罵声を浴びせ、乱雑に体を洗った。
皇帝が、貧民層を差別しているのだ。
この反応も無理はない。
荒々しく体を洗われ、髪についた泡を適当に流され、今度は雑に拭き上げられた。
最後は不愉快そうに、床に放り投げられた衣服を着るようにと言われる。
それでも拾いあげた灰色のワンピース状の衣服は、ビロードのような上品な手触りと光沢があり、私が持っていたどの服よりも上等だった。
麻で編まれた留め具や装飾のないシューズも履くようにとも言われた。
城の通路は本で読んだ通り、どこかしこも豪華絢爛だった。
天井の煌びやかなシャンデリア、高そうな質感の壁紙、どこまでも続くシルクの絨毯。
城はあまりに広大で、私は自分がどこを歩かされているかもさっぱり分からなかった。
やがて両端に兵が配備されている、大きな扉の前に立たされた。
「皇帝陛下、例の少女をお連れしました。」
「通せ。」
「は!」
私を強引に連れてきた使用人の女性たちが下がると、今度は兵が荒々しく私の腕を引いた。
赤い絨毯が引かれた階段の先には、黄金で装飾された煌びやかな椅子があり、そこに堂々とその人物は座っていた。
この国の皇帝・アウトリタ・タエヴァス・トルメンタ。
あの時馬車の中にいたはずの皇帝。
強烈な赤い瞳、眩い金色の髪。端正な顔立ち。
鋭い目で私を睨みつけている。
毛皮と、皇家の紋章が金糸で刺繍された赤色のマントに、黒の煌びやかな衣装を着ていた。
あの騎士とも引けをとらない高身長に、がっしりとした体格。
それに、ずいぶん若く見える。
噂の暴君皇帝。
前皇帝の実の親を殺してその地位を強奪したとか、まだ皇子だった頃に皇太子になるために、他の兄達さえ殺したとか。
今皇帝の下には、病弱な末の皇弟殿下だけが残されている。
しかもその皇弟殿下に、皇位継承権を放棄するよう迫っただとか。
さらには、自分に歯向かう貴族や臣下たちを容赦なく破門したり、処刑したりするという噂が耐えない。
過去にトルメンタ帝国が他国と戦争をしてい頃、皇帝は敵兵を容赦なく殺したという。
彼が通った後には、死者の血の
捕虜は持たず皆殺しとし、敵国の王族はすべて根絶やしにしたといわれている。
その皇帝のすぐ横にエスピーナ皇女が座り、傍にはあのフォンセという騎士が控えていた。
両端には騎士団の服を着た男たちがいて、奥には甲冑に身を包み、槍を掲げている兵たちがチェスの駒のように整列していた。
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