傲慢な皇女①

 第一皇女のエスピーナは、ローアルを物のように指差して言った。



 「…僕は行きません。」



 「貴様!この愚かな貧民が!皇女様の命令が聞けぬと言うのか!」



 皇女専属の騎士であるフォンセは怒り狂い、鞘から剣を引き抜いた。



 「だめ………!!

 ローアルを殺さないで………!!」





 ◇◇◇




 ———その日はいつもと変わらない一日になるはずだった。

 商業ギルドに行ってタペストリーを卸し、市場で猪肉を売り、今夜の夕食の材料を買った。


 

 そもそもこんなスラム街に皇家のエンブレムがついた馬車が走っていたのが間違いだったのだ。

 この不毛な町に到底似つかわしくないそれは、一際ひときわ目を惹きながら優雅に街中を闊歩かっぽしていた。



 帝国についても色々と勉強していた私達はそれが皇族用の馬車だと気づき、頭を低くして見送る。



 「びっくりした。何で皇族の馬車がこんなスラム街を?」



 「本当にそうだよね。でも行ったみたいだから良かった。」



 ふたりで顔を見合わせていると、なぜかその馬車がこちらに引き返して来るのが見えた。

 慌てて私達は頭を低くするが、馬車はなぜか私達の前でぴたりと止まった。



 窓から、まるでこの世のものとは思えないほど美しい少女が顔を覗かせた。

 本でしか見たことがない、金糸のような髪色。

 少女は暫く私達を眺めたあとローアルを指差して言った。



 【お父さま。

 わたくし、この子を飼いたいわ。】



 ——————



 「おい、お前。こちらに来い。」



 身長はおよそ、190センチほどあるだろうか。

 煌びやかやな皇室騎士団の制服を着た男がローアルを無愛想に手招きした。



 騎士は威圧感のあるつり目で、ローアルを上から下まで品定めするみたいに見回した。

 そんな二人を、少女は馬車の中からじっくりと眺めている。



 この少女は誰?皇族?



 一体何を言っているの?



 ローアルを………飼う?



 私には少女が言った言葉が理解できなかった。

 ただ得体の知れない恐怖を感じて、私はとっさにローアルの袖を掴んでいた。

 同じように戸惑っているローアルに騎士は今度は大きな声で喚く。



 「早く来い!」



 鬼のような形相でローアルを睨みつけた騎士は、少女のいる馬車のすぐ横に整列した。



 「そこに跪け!

 今お前の目の前にいるのはトルメンタ帝国の第一皇女、《エスピーナ》様である!

 本来ならお前のような下賤な者には、見ることも叶わない尊いお方だ!」



 「もう、よしてよフォンセ。お前は暑苦しくて敵わないわ。」



 「は!皇女様、申し訳ありません!」



 皇女だという少女に呆れたように諌められた騎士は、訓練された犬のようにすぐに大人しくなる。



 トルメンタ帝国の第一皇女?現皇帝の唯一の娘だという……

 なぜそんな人がローアルを?




 「…エスピーナ。あれは下賤な民だ。

 あんなもの、ペットとして飼う価値もない。

 なのに、なぜあんなのが欲しいんだ?」



 「お父様。」


 

 馬車の中から低い男性の声が聞こえてきた。

 顔は見えないが、第一皇女の父親だというのなら、そこにいるのは間違いなくトルメンタ帝国の……噂の皇帝だ。暴君の。



 「お父さま、いいのよ。だって見てよ。

 あの銀髪に薄紫色の瞳。整った顔立ち。

 こんなスラム街に何であんな素敵な男子がいるの?本の中の王子様みたい。わたくし、一目惚れしたんです。

 あれが欲しいんです。」



 跪ずいて馬車を見上げるローアルを、皇女はうっとりとした目で見つめていた。



 皇女の物欲しげな顔。思わず背筋が凍りつきそうになる。



 「ねえ、お前。

 お前たちがこのスラム街で一生、生きるのに、どれだけのお金があれば良いのかしら?」



 不躾に皇女はローアルにそう質問をした。

 とっさに単純計算し、ローアルは声を震わせながら答えた。



 「…はい、皇女さま。

 おそらく、1,800ディラ《トルメンタ国通貨》ほど必要かと存じます。」




 「そう。ふふ。何て安い一生なの。

 フォンセ。後方のセルブォに伝えて。」



 楽しげに皇女は笑って騎士に何か耳打ちをした。

 直後騎士はその場から姿を消したが、数分後には布袋のような物を持って戻ってきた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る