幸せだった②

 廃墟から遠く西に離れた場所には森があり、ローアルはよくそこに獲物を狩りに行った。

 そこは彼だけが知る秘密の場所で、狩猟の仕方は自分を捨てた父親に教わったのだという。

 


 いつだったか一度だけ、ローアルにお願いして狩りに着いて行ったことがある。



 森の中で獲物を狙うローアルは、驚くほど俊敏だった。

 器用に手作りした弓矢で、的確に獲物を捉えた。

 素人でも彼に狩猟の才能があるのが、一目で分かるほど。


 

 ローアルは捕まえた子鹿を手作りしたナイフで捌いたあと、棒に刺し、焚き火で肉を炙った。

 彼が肉を売って得たお金で、貴重な塩をふりかけて、私も一緒にそれを食べた。


 

 食事をして満たされた後———

 火のそばで暖を取っていると、普段口数の少ないローアルがポツリと夢を話し始めた。

 炎に照らされたその横顔は美しく、瞳には情熱が宿っている気がした。



 「エステレラ。

 僕はいつか、皇室の騎士になりたいんだ。

 身分もない貧民が、何を言ってるんだと思うかもしれないけれど。」



 体を丸めながら私は、ローアルの話にじっくり耳を傾けた。

 日に日に成長していく彼を間近に感じながら。

 


 「皇室の騎士……?素敵ね。

 ローアルらしい、立派な夢だわ。」



 素直に感じた気持ちを伝えると、ローアルは驚いたように両目を見開いた。

 


 「大丈夫よ、ローアル。身分なんか関係ない。

 不可能も可能になる日が、きっと来るはずよ。」



 その気持ちは間違いなく本心だった。

 だってローアルなら、本当にその夢を叶えることができる気がする。



 それにまるで、私自身にも夢ができたような気分だった。

 ローアルが皇室の騎士に。

 その時はきっと立派な騎士になるはず。

 そう考えると胸が躍った。



 未来のローアルの騎士姿を想像して微笑むと、それに気づいた彼は恥ずかしそうに顔を伏せた。



 「ふふ。」



 私は思わず笑ってしまう。


 

 だって、本当に可愛い人だから。ローアルは。



 恥ずかしがり屋だけど、でも実はすごく芯の強い人。



 あの日死にかけの私を、何の迷いもなく助けてくれた。

 勇敢なところも、こうやって照れて顔を伏せてしまうところも、彼らしくて大好きだ。



 ちょと控えめな性格が心配な時もあるけど、素敵な夢も持っている。



 少しでもいい。



 どうかローアルの夢が叶いますように。

 何か私も彼の力になれますように。



 そうやって一緒に時間を過ごすうちに、私もローアルのために何か役に立ちたいと考えるようになった。



 


 

 ———数年後、私は刺繍をしたタペストリーを、帝都の商業ギルドに売り始めた。


 

 商業ギルドは身分に関係なく、秀でた商品であれば何でもいい値で買い取ってくれる。

 今、帝都の貴族の娘の間で、花柄の刺繍入りのタペストリーが流行っているのだという。



 手に入れた布や糸は、元はローアルが狩りをして肉を売って得たお金で買ったものだ。

 1ミリだって無駄にできない。

 幸いにも刺繍は、私を捨てた母親に教わったものだった。



 運よくそれが貴族の娘たちの目に止まり、わずかながらも利益が生まれるようになった。

 それで二人の食べ物や、新しい衣服や靴を買った。



 私もローアルも親に捨てられたが、その親に生きる手段を学んでいたのが、本当に幸運だったと思う。


 

 ただ後々思ったことがある。

 私とローアルの親は、実は貴族だったのではないだろうかと。

 狩猟と刺繍。

 どちらも貴族の趣味や遊びだと、聞いたことがある。


 

 でもそんなこと、捨てられた今となってはどうでも良いことだ。


 

 相変わらず私達は貧しかったが、それでも幸せだった。


 

 いつかローアルが皇室の騎士になった時に恥をかかないようにと、庶民向けの図書館に一緒に通い、独学で字を覚えた。

 その他にも、大衆向けに公開されている貴族の振る舞いについての本も読んだ。

 また、商業ギルドで出会った教養のある奥様に食事のマナーを教わったりした。

 それにローアルは、流浪の旅をしていた元騎士に出会い、運良く剣を教わることができた。


 

 住処をキレイにして、毎日交代でご飯を作った。


 

 天気の良い日は外に出て、シーツを桶に入れて足揉みして洗った。

 それを竿に干してくれるのは、いつも私より背の高いローアルだった。


 

 こうして私達は、だいぶ人間らしい暮らしができるようになった。

 出会ったあの日のように、死にかけていた二人子供はもうどこにもいなかった。


 


 ◇



 ———それから瞬く間にいくつもの季節が過ぎ、私達は13〜14歳くらいの年齢に成長していた。



 「ただいま。エステレラ。」



 「ローアル、お帰え…………って、キャアア!

 どうしたの、それ!!!」



 玄関先に立っていたローアルの服には、べっとりと血がついていた。

 それを見た私は思わず悲鳴を上げた。

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