第53話

「わたくしが拾わずして誰が拾うのでしょう。……本音を言ってしまえば、国も家族も大切ですが、それよりゴミが拾いたい。わたくしはゴミに飢えているのです! 薬草もいいけど、やっぱりゴミがいいッ!!」

「…………は?」


 急に頬を上気させて声をあげたベアトリクスに、ルシファーは動きをぴたりと止めた。

 後方では、黙って様子を眺めていたクロエがたまらず吹き出している。


 両手をぐっと握り、興奮したようにベアトリクスは続ける。


「薬草って、正直に申し上げてどれも同じに見えるんですの。形も重さも似たり寄ったりで、面白味が感じられません。それに比べてゴミは! 多種多様な形状に加えて、持ち主の人柄を感じさせる使い込み具合や色褪せ! 様々なエピソードを想像させて素晴らしいですわよね!」

「お、おう」

「道端に靴が片方だけ落ちていたりとか、袋に入ったままのパンが落ちていたりとか! なぜこんなところにこんなゴミがあるのだろうという驚きもありますし、奇想天外な驚きに事欠きません!」

「そ、そうなの」


 どこでスイッチが入ってしまったのだろう? こんなに熱くゴミについて語るベアトリクスは初めてである。圧倒されたルシファーは自分の予想が外れていたことを思い知る。彼女は真面目で真摯な性格であることに違いはないが、それは全てゴミを中心にしたものであったのだ――。

 瞳を輝かせてまくし立てる彼女をどうやったら止めることができるだろう。おろおろするルシファーの耳に、クロエのゆったりとした声がするりと入り込む。


「どうやらお主に薬草採集は退屈だったようだのう。可哀想に、ゴミが拾えなくてストレスを感じておるのだろう」


 ローブの衣擦れの音ともに、クロエはゆっくりと立ち上がる。さらりと髪が布の上を滑る。


「く、クロエ様! 申し訳ありません、そういう意味では」

「よい。分かっておる」


 我に返って慌てるベアトリクスを、右手を少し上げて制するクロエ。


「まあ、よいのではないか? 人間とは小さな生き物。己の欲望に従って好きに生きるということは、なかなか出来ないらしいではないか。決意したのなら、送り出してやろう」

「クロエ様!」


 クロエの白くて長い指が、ベアトリクスの頬に触れる。それは思わず背筋が震えるほど冷たかった。そして至近距離で見上げるガラス玉のようなクロエの瞳は、左右で少し色が違うことに気が付いた。

 右目は青みがかっているけれど、左目は緑がかっているのだ。


 わずかに目を見開いたベアトリクスに気が付いたクロエは、慈しむように語りかける。


「珍しいかえ? お主には特別に教えてやろう。わしの左右の目は、それぞれ違うものを見ておるのだ」

「ち、違うものですか?」

「え? それは初めて聞いたな。何を見てるんですか?」

「…………」


 クロエは何も答えない。

 どうやら、教えてくれるのはそこまでらしい。


「ベアトリクスよ。頼んでいた薬草が揃ったら国に戻るといいぞえ」

「クロエ様! よろしいのですか!?」

「よいと言ったらよい。あとは烏を一匹与えようぞ。万一命の危機に陥ったら使いに出しなさい。わしが助けに行こう」

「はあ?」「ええっ!?」


 驚愕した二人は同時に声を上げた。


 大魔法使いを呼び出して助けてもらうなど、大国の王でもできないことである。ゴミ屋敷令嬢にそんな待遇を与えるなど、気まぐれな大魔法使いとはいえあり得ないことだ。


 しかし、このクロエという大魔法使いはとにかく変わり者だったのである。


「長く生きてきたが、ゴミ屋敷令嬢などどいった愉快な女子は初めてじゃ。最後まで楽しませてもらうぞえ」


 そう言って、彼女はあははははははと高笑いした。


 ベアトリクスは隣のルシファーに目配せをする。彼は目を伏せて、小さく首を横に振った。

 どうやら親切心というより、見世物として楽しまれているらしい。期待に沿えるほど面白い展開になるとは思えないが、なんとなく気は楽になった。


「ご厚意に感謝いたします。お手を煩わせぬよう、慎重に行動いたします」


 ベアトリクスは膝をついて深々と礼をした。


「じゃあ、ベアトリクスが薬草を集め次第出発するか。俺も一緒に探そう」


 ルシファーがそう言うと、クロエは実に不愉快といったように顔をしかめた。


「たわけ。お主は居残りじゃ」

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