第52話
「……国がゴミ箱になるとはな。これは愉快」
たっぷりと目を細めるクロエは、新しい玩具を手に入れたかのようである。かつてルシファーの指導で滞在していた国であるのに、情は無いらしい。
ぱさりと躊躇いなく投げ捨てられた手紙をルシファーが拾い、目を通す。クロエの言った意味を理解したようで、眉間にしわを寄せた。
「誰かに頼っているからこうなるんだ。自業自得だ」
「お主の故郷であろう。助けに行かなくていいのかえ?」
「……師匠。親切ぶってますけど、面白がっているだけでしょう。行きませんよ。俺は追放された身ですし、今更グラディウスがどうなろうと知ったこっちゃない」
「ほう?」
机に手紙を放り、どかっと音を立てて椅子に腰かけるルシファー。
そんな弟子の様子とは対照的に、師匠は上機嫌である。
「お主の恋人は、そうは思っていないように見えるがのう」
妖艶な流し目でベアトリクスを見る。視線が絡んだベアトリクスは、はっと肩を揺らした。
「そうなのか? ベアトリクス」
ルシファーが尋ねる。
やや間があった後、長いまつ毛を伏せつつベアトリクスは返事をした。
「……はい」
「どうして……っ! お前もあの国には散々な目に遭わされているだろう! それにユリウスだってどう動くか分からない。危険だ!」
椅子を揺らして立ち上がるルシファー。
黙って前を見つめるベアトリクスに、一層笑みを深めるクロエ。静かな夜のとばりに梟の鳴き声が響き渡る。
「――――毒島さんがいつ戻るか分かりませんし、その間にもゴミは溜まり疫病は広まるでしょう。治療のために人手が割かれればゴミ拾いどころではなくなり、悪循環になることは目に見えていますわ」
「そんなの自業自得だ! 今まで戦争ばかりしていたツケが回ってきたんだ」
「ルシファー様。本当にそう思ってらっしゃいますか?」
「…………!」
ベアトリクスの鋭い声に、ルシファーはわずかに目を見開いた。
コツ、コツと靴音を立てて、彼女は二歩彼に近づいた。そして真っすぐに彼を見つめ、形の良い唇を動かす。
「ルシファー様も情はあるはずです。だって、あなたは優しくて聡明なお方だということをわたくしは知っていますもの」
すぐそこに迫った瞳は、まるで大粒の上等なサファイアのよう。思わず引き込まれそうになる感覚を覚える。
「わたくしとて危険は承知です。ただ、現在は国の危機。ユリウス様もわたくしに構う暇はないと思うのですよ」
ふっと軽く微笑むベアトリクス。あの日のことを思い出しているのか、サファイアにほんの少しの陰りが混じる。
「というより、ユリウス様に不敬を働いたことは事実です。本来死を持って償うところを、毒島さんの件で黙認されているのです。追撃されても文句は言えない立場ですわ」
ベアトリクスは覚悟を決めているのだな。――ルシファーはそう感じた。
常々感じていたことではあるが、彼女はいつでも真っすぐで行動力がある。王城で嫌というほど目の当たりにしてきた人の裏表と言うものがまるで無く、己の心のみに従って生きる姿は気高ささえ感じるほどだ。
真摯な態度に心打たれたルシファーの心は動かされつつあった。返事をしようと口を開くも、ベアトリクスの話は終わっていなかった。
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