第51話

手紙は謝罪から始まっていた。ゴミ屋敷を守れなかったこと、そしてその後落ち込むベアトリクスの力になれなかったことに対してである。そんなこと気にしないでほしいのに、と思いながら先を読み進める。


 ――文字を追う目が、はっと止まった。


『国内はゴミに溢れ、疫病が流行しています』

『国王陛下は遠征中につき第一王子殿下が対応していますが、芳しくなく』

『死者多数』


 ――――なぜ、そんなことに? 

 急に高鳴り出した心臓。嫌な汗が背中をつたい、思わず胸を抑えながら先を読む。


『毒島がいなくなりました』

『国内をすっかり清潔にしたのち、「講演活動」なる世界一周の旅へ発ちました。以降、連絡が付かず』

『今や我が国のゴミを拾う者は誰もおらず』

『ベアトリクス様、どうかお戻りください』


 ――――手紙には、そう書かれていた。


「毒島が居なくなって、グラディウスはゴミに溢れているのね。それで疫病が……」


 はあと深いため息をつき、のろのろと便箋を封筒に戻す。


「父様と母様は大丈夫かしら」


 まず気になったのは、温かく育ててくれた両親のことだった。

 二人に何かあれば兄たちが連絡をくれるかもしれないが――もしかしたら、ゴミ屋敷令嬢と関わりたくないと思っているかもしれない。


「心配だけれど、こちらから関わるのはご迷惑かもしれないわ……」


 そして、次に気になったのはユリウスのことだ。

 毒島を使って自分を追い詰めたけれど、それで彼は満足しているのだろうか。再びゴミ屋敷令嬢として活動を始めたら、また潰されてしまうのではないか。そんな心配が胸をよぎった。


「わたくしがゴミを拾う余地など残されているのでしょうか」


 ユリウスがソルシエールまで追ってくる気配は感じられない。だから、ここで過ごしている分には平穏な日常を送ることができる。グラディウスに戻れば、生と死と隣り合わせの毎日になるだろう。疫病に罹ってしまう可能性だって大いにあるのだ。


「……とにかく、クロエ様とルシファー様に相談してみましょう。今夜お会いできたらいいけれど」


 ベアトリクスは手紙をエプロンのポケットにしまい、立ち上がる。

 そして既に寝室に入っているクロエを起こさないよう静かに食器を片付け、薬草の収集に出かけたのだった。


 ◇


 ルシファーの修行に休日などない。そのうえクロエと揃ってとなると、いつ会えるという保証は全くないのだが、運よくその日の深夜に二人の声が聞こえた。うとうとしていたベアトリクスは急いで寝室から居間へと向かった。


 地図を前に話し込む二人。数週間ぶりに姿を見るルシファーは痩せたようで心が痛む。しかしそれ以上の会えた喜びを感じながら声をかける。


「クロエ様、ルシファー様。お話し中に申し訳ございません」

「どうしたベアトリクス。真夜中だぞ」


 ルシファーは驚いて顔を上げるが、クロエは優雅な表情を崩さず、鋭い目線だけをベアトリクスに向ける。


「わしらの話に割って入るとは。よほど急用であるとみえる。言うてみよ」

「師匠。きっと何か訳があるのです。聞きましょう」


 誇り高い大魔法使いは話を遮られたことに立腹しているらしい。ルシファーの取り成しに感謝しつつベアトリクスは跪き、ミカエルからの手紙をクロエに提示した。


「今朝、グラディウスの友人から手紙が届いたのです。クロエ様、ルシファー様、どうかご覧になってくださいませ」

「……」


 クロエが右手を振ると、ベアトリクスの手のひらからふわりと手紙が浮き上がる。そしてひらりとクロエのもとへ舞い落ちた。

 深紅の爪が、ゆっくりと手紙を開く。その様子をベアトリクスは緊張しながら目で追う。

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