第50話

ベアトリクスとルシファー、そしてクロエの新しい日常が始まった。


 ベアトリクスは毎日朝四時半時に起床する。ゴミ拾いを日課としていた時より遅いのは、薄暗い森に入ることは危ないためである。ルシファーのために食事を作り置きし、自分の弁当も作る。そして薬草を探しに森に入るのだ。


 そのうち、クロエから依頼された薬草は、すぐに見つかるものと全く見当たらないものの二つに分かれることに気が付いた。どうやら大量に使うありふれた薬草と、めったに見かけない希少な薬草があるようだった。

 あちこち探し回って夕暮れ前には館に戻り、起きてきたクロエと一言二言会話をする。そして再びルシファーの食事を作り置きし、湯に入って寝る。彼に会いたいと思うけれど、まずは頼まれた薬草を全て見つけることが自分のやるべきことだと思っていた。


 一方のルシファーはというと、毎日がサバイバル状態になっていた。

 SSランク級の魔物が百匹は棲んでいる洞窟に放り込まれたり、火山のマグマの中に突き落とされたり、猛毒を持つ蠍にひたすら刺されるのを耐える訓練などをしていた。

 今の彼には、クロエによって魔力を制限する腕輪が付けられている。普段の一千分の一――つまりベアトリクスと同程度ほどの魔力でこれらの困難を乗り越えねばならないのである。

 肉体も精神もボロボロになって館に生還する彼にとって、唯一の癒しはベアトリクスが作り置きしてくれている食事だった。生活リズムが違うため会えることはほとんどないが、美味しい食事と添えられているメッセージカードを支えに、また地獄へと向かうのである。


 最後にクロエ。彼女にとって、ルシファーとベアトリクスの生死などはどうでもよかった。魔法を極めた彼女は、ただ退屈だったから気まぐれで二人を引き受けただけなのである。

 鍛錬で顔を歪めるルシファーを眺めて悦に浸り、この森にあるはずもない希少な薬草を探し回るベアトリクスを嘲笑い、日々楽しく過ごしていた。二人とも根性があるようで、強い負荷にも耐えられる。互いに支え合っている姿は実に愉快であった。

 ――そのうちこんな上質な玩具は他にないと思うようになり、死なない程度に二人を大切にしようと思うようになった。


 ◇◇◇


 季節が巡り、二度目の秋が近づいたころ。


 窓辺に舞い降りた烏がカアと鳴く。朝食を食べていたベアトリクスがそちらを見ると、烏は足に手紙を持っていた。


「まあ、手紙だわ。珍しいわね。烏さん、ありがとう」


 手紙を受け取ると、烏は再び外に羽ばたいていく。

 クロエ宛だろうか?


 しかし、あて名はベアトリクスだった。

 そして裏面にしたためられている差出人の名前は――


「――ミカエル様からだわ」


 指先に感じる手紙の厚みに、ベアトリクスは胸騒ぎがした。

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