第47話
毒島に完敗したあと、ルシファーは自室に籠って懺悔していた。
かつて魔法の修行を放棄していなければ、今頃大魔法使いになっていて、あんな奴に負けることはなかったのだと。
ベアトリクスが何年もかけて積み上げてきたものが、ものの数十分で跡形もなく消えた。絶望の表情でそれを眺めるベアトリクスの横顔は、思い出すだけで胸が苦しくなる。
何とかならないのかと、俺を見つめる青い瞳。その美しい輝きに諦めが混じり、とうとう長いまつ毛が伏せられた時の悔しさがずっと頭を離れない。
「俺は二度と負けない。相手が誰であってもだ」
そう呟いたルシファーは、小さく呪文を呟いた。
刹那、彼の姿は部屋から消える。転移魔法であった。
◇
「魔法の師匠と話をしてきた。修行の続きを受けさせてはもらえないかと」
「はあ」
ベアトリクスはなんとも覇気のない相槌を打つ。彼の言っていることが、どうにも受け入れがたく感じたからである。
ルシファーへの好意を自覚し、彼の隣にいるためにはどうしたらよいか。そう考えていた時代が懐かしく感じられた。今の自分は己の道すら見失っていて、恋愛をしている場合ではなくなってしまったのだから。
「俺の師匠はソルシエールにいる。師匠の家に住み込みで、という条件を飲めるならいいと返事をもらえた」
「魔女の国ソルシエールですわね。殿下はそちらに住むお師匠様のもとに行かれるのですね」
この世界における魔法社会の中枢、魔女の国ソルシエール。グラディウスを出たことのないベアトリクスだが、かの国に住む魔女たちはプライドが高く、気難しいということは聞いたことがある。修行とは、きっと厳しく辛いものなのだろう。
他人事に感じていたベアトリクスに、ルシファーは少々沈黙した後、おもむろに彼女の手を取った。
「それでだ。……ベアトリクス嬢。一緒に来てはもらえないか」
「ふえっ!?」
素っ頓狂な声を上げてしまい、慌てて口元を押さえるベアトリクス。
それほどまでに、彼の言ったことは彼女にとって想定外だったのだ。
「お、お戯れを。わたくしが殿下の修行に付いて行く? どうしてそのような決断になるのでしょう。殿下にとって、全くもってメリットがございませんわよ」
ベアトリクスはルシファーに取られた手を引き抜こうとする。しかし優しくぎゅっと握られていて、ぴくりとも動かせない。
「メリットどうこうの話ではない。俺はお前が好きだ。一緒にいたい」
まっすぐなアメシストの瞳に貫かれて、ベアトリクスははっと息をのむ。
殿下がわたくしのことを好き……? 今、そう言ったのかしら。
「大魔法使いになることは、常に頭の片隅にあったんだ。お前と出会ってからは、いつかはならないといけないと思っていた。でも、ここでの生活が心地よくて先送りにしてしまっていた。……俺が少しでも早く修行に戻って力をつけていれば、毒島にやりたい放題されることはなかったのかもしれない」
悔しそうに眉間にしわを寄せるルシファー。
「どうだろうベアトリクス嬢。……俺のことは好きでなくてもいい。気分転換のつもりでソルシエールに行ってみないか? あそこは緑が多く、気候も過ごしやすい。ゆっくりするには適していると思う。あ、気が早いが師匠には一応許可を得ているので、そこは気にしないでほしい」
ベアトリクスが信じられないという表情で固まっているので、ルシファーは気恥ずかし気に早口でしゃべり終えた。
それでもなお、彼女から反応はない。
「……ベアトリクス嬢? 大丈夫か?」
握る手に力を込め、腰をかがめて彼女の顔をのぞき込む。
はっと意識が戻った彼女は、みるみるうちに顔面を赤く染め上げた。
「すみません。少々受け入れに時間がかかったようです」
そう言うと、ベアトリクスは花が咲いたように笑った。
殿下が自分ののことを好いてくださっている。予想もしてみなかったことであるが、そうであれば、今の自分が選ぶ選択肢は一つだ。
「わたくしも殿下をお慕いしております。ぜひソルシエールにお供させてください。ゴミ拾いしか能がありませんが、身の回りのことや、お師匠様のお手伝いなど、何でもやらせてくださいませ」
「…………っ!」
彼女に負けず劣らず顔を赤くするルシファー。
どちらからともなく歩み寄り、二人の距離は無くなった。
アメシストとサファイアの視線が交わり、言葉にならない意志の確認が行われる。
導き出された答えは「応」。
互いの温度を感じながら、二人は幸せに満ち溢れた夜を過ごした。
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