第46話
ルシファーは健闘した。
途中、たまたまその辺にいたミカエルも助太刀したものの、スキルという圧倒的不利の前には力が及ばなかった。毒島は、ルシファーとミカエルがこれまで対峙してきたどんな強敵とも異質であり、はるかに強大な力を持っていた。
毒島本人を物理的に攻撃しようにも、あの厄介な竜巻に阻まれて近づくことすらできなかったのである。
すっかり綺麗になり、塵一つなくなった屋敷。建物の中はもちろん、庭にあった粗大ゴミまでひとつ残らず廃棄されていた。
嬉しそうなのは本来の姿を取り戻した屋敷と毒島だけであり、ルシファーとベアトリクス、そしてミカエルは床に膝をつき、肩を大きく上下させていた。
「ふう。思ったよりたくさんゴミが詰まっていたから大変だったな。いやぁ~、清潔って素晴らしい! とっても素敵な屋敷じゃないですかあ! さあ皆さんもご一緒に! レッツ・クリーーン!!」
両手を広げて高らかに宣言する毒島。広いホールに寒々しく声が響き渡る。
しかし、三人の耳に彼の声など全くもって届いていない。手足から直に伝わる床の冷たい感覚に、骨の髄まで冷やされる心持ちであった。
「さあ、お嬢さん。あなたの家はこんなに綺麗になりました! 僕にキスをするという栄誉を与えましょう。あっ、なんならお付き合いでもします? あなたのような美人なら僕は構いませんよっ!」
にこにこしながら毒島はベアトリクスに近づく。
ベアトリクスは、最初から最後まで毒島の言っていることが理解できなかった。人の話も聞かず屋敷に上がり込み、勝手にゴミを片付ける。それがどうしてキスをする栄誉だとかお付き合いという話になるんだろう?
スキルを引っ込めた今がチャンスかもしれない。
一発引っぱたいてやろうと思ったが、それより早くルシファーとミカエルが殴りかかっていた。
「へぶっ! ちょ、ちょっとぉ、痛いよ! スキル発動っ! 邪魔者一掃!」
殴られた弾みでよろけながら毒島はスキルを発動する。
ルシファーとミカエルは、軽々と壁まで吹き飛ばされた。
うめき声を上げる二人を見て、ベアトリクスの両目から一筋の涙が流れ落ちる。
毒島の前に立ち、右手をふりかざした。
「――もうやめてください。あなたとお付き合い致しません」
ぱしん、と乾いた音が鳴る。
毒島は頬を抑え、初めてまともにベアトリクスの顔を見た。
心底驚いたと言わんばかりの黒い目に向かって彼女は言い放つ。
「お引き取り下さい。二度とここに来ないで」
それだけ言い残して、ベアトリクスは自分の部屋に戻ったのだった。
◇
後日、毒島はユリウスがけしかけたということが明らかになった。
元の世界で掃除を生業としていた毒島。ゴミ屋敷の存在を知れば、必ず片付けに向かうだろうと踏んだのだ。
ベアトリクスが一番苦痛に感じることは、死ではなくゴミ屋敷の消滅である。そこを突いたユリウスの何ともいやらしい作戦だったのだ。
ベアトリクスは悩んだ。毒島がこの国にいる限り、ゴミを拾ってもまた片付けられてしまう。むしろ、彼がいることによって街中のゴミがなくなり、そもそも拾うものがなくなってしまうと。
国全体のことを考えれば、それはいいことであるはずだ。嫌な思いをしたのは自分ひとりだけであり、街が清潔で綺麗になることは喜ばしいことなのだから。
だからこそ、心のもやもやが晴れなかった。
「これからどうしましょうか……」
生きる目標を突然失ったベアトリクス。毒島の急襲から数日経つものの、屋敷の敷地から出ずにぼんやりと過ごしていた。早起きもしなくなり、食事を作ったり庭の世話をしたりするのみだった。
色のない目でスープをかき混ぜる彼女の隣に、いつ厨房に入ってきたのだろうか、ルシファーが歩み寄る。
「ベアトリクス嬢。話がある」
「殿下」
隣を見上げると、いつになく真面目な表情のルシファーがいた。
とはいえルシファーも毒島事件以降すっかり意気消沈しており、しばらく自室に籠っていたぐらいだ。
「俺はこの屋敷を出ようと思う」
「……え?」
聞き間違いであってほしかった。
しかし、美しい紫色の瞳には強い意志の光が宿っていることにベアトリクスは気が付いてしまった――。
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