第45話

その声に含まれる驚きと僅かな焦りに、ベアトリクスはまずいことが起こったのだろうと予感する。

 そして、はたしてその予感は当たっていた。


「俺の魔法が効かない……!?」


 ルシファーがぶつけた強大な風魔法は、毒島の竜巻にどんどんと吸収されていく。

 吹き荒れる暴風はみるみるうちに勢いを減らし、そして完全なる凪が訪れる。


 毒島は何がそんなに楽しいのだろうというくらい、顔いっぱいに喜色をたたえていた。自分の手を開いたり閉じたりしながら言う。


「うーん、聞いてはいたけどすごいなあこれ! 僕ってやっぱり世界最強なのかな!? あ、そこの君。落ち込む必要はないよ。僕が特別な存在なのであって、君が落ちこぼれている訳じゃあないから」

「……どういうことだよ」


 質問をしながらも、ルシファーは新たな魔法を打ち出した。

 彼の大きな手のひらから出現した火焔球は、空を切りながら標的を捉える。

 しかし――毒島に届くことなく、竜巻に吞み込まれていった。


「ふふっ、無駄だよ。君は僕に勝てない。なぜだか知りたい?」

「…………」

「知りたいですわ」


 ルシファーの沈黙を破り、ベアトリクスが反応する。

 毒島はさらりと前髪をかき上げて、機嫌よく続けた。


「僕が使うのはスキル。君たちが使うのは魔法。スキルと魔法では、スキルの方が上位らしいんだ。だからねえ、どうやったって敵わないんだよ。だから諦めて? 僕の大掃除を邪魔しないで欲しい」

「スキル、ですって? そんなもの聞いたことがないわ」

「あれっ、そうなの? 落とし子はみんな何かしらのスキルを持っているって、お城の人たちは言っていたけど」


 ベアトリクスはルシファーの方へ振り返る。

 彼は合点がいった顔をしていた。しかし、必ずしもその表情は明るくない。


「落とし子……お前が」


 五十年ぶりに落とし子が現れた――。ユリウスとカロリナが話していたことを思い出す。


 目の前のこの男。

 つかみどころがなく、飄々としている。強そうな者特有のオーラなど一切感じられないが、自分の魔法が打ち消されたのは紛れもない事実。

 ルシファーは唇を噛みしめる。


 スキルというものの存在は、魔法の師匠から聞いたことがあった。

 魔法の上位種である、という表現には少し語弊がある。魔法とはそもそも質が全く異なるものであるからだ。

 例えるならば、油汚れが洗剤で落ちてしまうようなもの。相性とその性質を鑑みたとき、魔法はスキルに敵わないという話なのである。


 ――ただし。

「魔法を極めれば話は変わってくるぞえ」

 師匠はそうも言っていた。

 切れ味の悪い刃でも、丹精込めて磨き続ければいつかは名刀になる。魔法使いの中でも極限まで魔法を磨き、精神を鍛練した者が得ることのできる称号、大魔法使い。そう呼ばれる者たちであれば、スキルをも打ち破ることができるのだと。


「俺が、鍛錬を極めていれば……」


 ぎり、と歯が嫌な音を立てる。

 筋肉が付かないことで努力を否定されて。そんな中で、あるときから魔法の訓練に行くことを止めた。大魔法使いになったって誰も認めてくれやしない。現状のままでも敵は蹴散らせるし、これ以上頑張ることに何の意味もない。そう思っていた。


「さあ、無駄話は終わりだ! 僕はこのゴミ屋敷を駆逐するっ! 掃除の魔術師の名に懸けてね! あはははは!!」


 毒島の高らかな叫びに応じて、竜巻は勢いを増す。

 すでに玄関ホールのゴミは全てのみ込まれ、数年ぶりに大理石でできた床が露出している。


「さあ、廊下の奥にもゴミがいっぱいだ! ゆけ!」


 なすすべもない状況に、ベアトリクスは膝をついた。

 ゴミ処理場を作るという夢のために集めた材料たち。数年かけて収集したそれらが、みるみるうちに吸い込まれてゆく。


 止めて、それはゴミじゃない! いくら叫んでも毒島に響くことはなかった。

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