第43話

ゴミ処理場を作りたい。

 ベアトリクスの夢を聞いたルシファーは大きく頷いた。


「ベアトリクス嬢、すばらしい考えだ。……本来は王がすべき仕事であるところであるのに、申し訳ないな」

「陛下は戦うことでお忙しいですから。これは、わたくしの社会的ノブレス責任オブリージュなのです。殿下が謝る必要はございませんよ」


 そうは言ってくれるものの、ルシファーは父が情けなかった。戦いばかりにかまけて、国内の整備は全くの後回し。貧富の差は広がり、彼女の言う通り街は不衛生だ。小さい子供が命を落とす原因になっていることについても報告は来ているはずなのに、王は見て見ぬふりをしている。


 膝の上でぐっと拳を握りしめる。

 俺がまだ王子だったら。国に働きかけて力になれることがあったかもしれない。父の政治では、いずれこの国は衰退していくだろう――。


 俺はそれを黙って見ているのか。……情けないのは、父であり自分でもあった。

 ルシファーが俯いていると、応接室の扉が開き、書類を持ったミカエルが戻ってきた。


「ベアトリクス様、お待たせいたしました。こちらが建設予定地の資料と、費用の概算見積もりになります。随分資材も集まって来ましたから、想定より安く済むかもしれません」

「まあ! ありがとうございます。ミカエル様の知名度と交渉力の賜物ですわね」


 図面や数字が並んだ書類を前にして、目を輝かせるベアトリクス。すごいスピードで書類に目を通し始める。

 その様子を見てミカエルは優しく微笑んだ。


「もうすぐですね、ベアトリクス様」

「ええ! ゴミ処理場が完成して、きちんと稼働し始めましたら、殿下に呪いを解いて頂いてもいいかもしれませんわね」


 そう声を弾ませる彼女に、ルシファーは一抹の寂しさを覚える。


「……そう、だな。…………俺にも書類を見せてくれ。興味がある」

「もちろんよろしいですわよ! こちらが施設の設計図、こちらが予算の書類で――」

「ちっ。王子様には難しい話です。もう帰ったらどうですか」

「うるさいな。お前が絡んでいるのこそ面白くない」


 ゴミ処理場の資料を前にして、三人は頭を突き合わせる。

 賑やかな声は日が暮れるまで続き、ミカエルの手伝いという目的は忘れたまま、楽しく時は流れたのだった。


 ◇


 ミカエルの家から馬車で屋敷に戻ってきたルシファーとベアトリクス。馬車から降りると、門から少し離れたところに一人の影があった。

 屋敷を見上げており、静かにたたずんでいる。


「あら。お客様かしら」

「ギルドの奴か?」

「暗くてよく見えませんわね……」


 物々交換に来た人かもしれない。そう思って近寄っていくベアトリクス。ルシファーはやや警戒しながら後ろをついていく。

 しかしその男――小柄で茶髪、見慣れない服を着ている――に見覚えはない。新しい人が寄り付くような屋敷でない自覚はあるので、不思議に思う。


「あの。どうかされましたか?」


 声をかけると、男はびっくりした表情で振り向いた。


「すみません。驚かせてしまいましたね。――わたくしはベアトリクスと申します。この屋敷はわたくしの家ですが、何か御用でしょうか」


 ベアトリクスを穴が開くほど見つめ、口をパクパクさせる男。

 ……大丈夫だろうか。この国では見ないデザインや素材の服を着ていることから、旅人だろうか。もしかしたら言葉が通じていないのかもしれない。

 どうしたものかと困っていると、ルシファーがずいと間に割って入った。


「おい、何か用か。用がないのなら、今すぐここを去ってくれ」


 ルシファーがすごむと、男はようやく我に返った。


「あっ、ああ。ごめんごめん。ちょっと屋敷を見ていてね。気にしないでくれ、もう帰るから」


 少し高めの声でそう言い、くるりと身をひるがえして去っていった。


「……何だったんだ?」

「ゴミ屋敷が物珍しかったのかもしれませんわね。見慣れない格好をしてらっしゃいましたし、観光客かもしれません。そういう方、たまにいらっしゃいますから」

「ふ~ん」


 特に気に留めず、二人は門をくぐり屋敷に入っていった。


 ◇


 翌日。

 早朝、ベアトリクスがゴミ拾いに出ようと準備していた時、チャイムが鳴った。こんな早くに一体誰だろうと扉を開けるベアトリクス。


「おはようございます。お嬢さん。ゴミ屋敷を片付けに参りました」


 青から白へと移り変わる、夜明けの美しいグラデーションの空。それを背景にしてにこやかに笑うのは、昨夜屋敷を見上げていた男だった。

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