第42話
呪いを受けて唯一悲しかったことは、両親がひどく落ち込んでいたことだ。
ゴミを拾ってきてしまう自分を見て父は頭を抱え、母は涙を流していた。
これまで温かく育ててくれた二人にそんな顔をさせていることに胸を締め付けられながらも、ベアトリクスはどこかホッとしていた。
『これで父様と母様はわたくしのことを嫌いになるに違いないわ! そうしたら、わたくしは自由になれる』
――そんな感情が生まれたことに驚いた。
慌てて「なんてことを考えてしまったんだ」と気持ちを抑え込むが、ベアトリクスは自分に対して非常にがっかりした。なんて不義理な娘なんだろうと。貴族らしい教育を受けて育ってきたが、自分の本性はこんなにも卑しかったのだ。
自分はもう、両親のもとにいられない。そんな資格はない。ベアトリクスはそう判断して、呪いの解除を辞退した。自ら両親と縁を切ってゴミ屋敷令嬢となり、一人で生きていく道を選んだ。
ただし、その決断の裏には彼女なりの夢があった。
実は、ベアトリクスはこの国にゴミ処理場を作りたいと思っていた。
幼くして儚くなった妹イレナの死因は、この国の不衛生にあった。
グラディウス王国は血気盛んな騎士と冒険者の国。勝利の狼煙と宴を光とすれば、街中に溢れる瓦礫や酒瓶が闇であった。筋肉脳な国王は国内の整備に頓着が無く、ゴミ処理はもちろん、下水道の整備もなかった。
一部の上流貴族たちは人を雇って領地のゴミを拾わせ、自らの魔法を用いて水を清めることができるが、魔力の少ない中流以下の貴族や平民はそうもいかない。ブルグント伯爵家は身体能力には恵まれたが魔法量が少なかったため、幼い妹は汚染された水に当たって命を落としたのだった。
『父様と母様のご恩に報いるために、そしてイレナのような子を出さないために。わたくしは、一人でやれることをやりたいと思います……!』
その決意を胸に、ベアトリクスはゴミ屋敷令嬢としての人生を歩み始めた。
街中のゴミを拾い、屋敷に持ち帰る。ゴミ処理場の建設に使えそうな鉄筋や材木、古びた機械などは分別し、屋敷の外れに保管した。また、物々交換でできたギルドとの繋がりを生かして建設に詳しい者を紹介してもらった。
そして、ふとしたことから出会ったSS級冒険者のミカエル。彼とは不思議と顔を合わせることが多く、ベアトリクスの夢について話したところ、協力を申し出てくれたのだった。
ゴミ処理場を作り、衛生的な国にしたい。
少しでもわたくしが結果を出せば、また父様と母様に会う資格があるように思えるの……。
彼女が今日もゴミを拾う理由は、その願いを叶えるためであった。
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