第41話

ベアトリクス・フォン・ブルグント伯爵令嬢。

 代々騎士を務める家系の、男児二人が続いた後の女児。見事な金髪とサファイアのように美しい瞳という姿も相まって、会う人皆頬を緩ませる可愛らしい子供だった。

 蝶よ花よと淑女教育が施され、本人は立派な貴族令嬢として育っていった。年子で産まれた妹を可愛がり、よき姉、お手本となるような令嬢を目指して日々教育を受けていたのである。


『貴族令嬢たるもの、たおやかで貞淑でなければなりません。体重は四十を超えてはなりませんし、日焼けもいけません』

『わかりました、先生!』


 はつらつとした返事をする幼いベアトリクス。

 しかし、彼女の笑顔は本心から出るものではなかった。


 ベアトリクスは知っていた。――自分は両親の本当の子ではないことを。


 あれはいつのことだったか。おそらく五歳くらいの時だったと思う。

 夜中お手洗いに起きたとき、両親の部屋からそういう内容の話が聞こえてきたのだった。


『ベアトリクスは本当にいい子ね。髪色が同じということで選んだけれど、泣いたり喚いたりしないし、とっても育てやすいわ。孤児院に感謝ね。イレナのこともよく可愛がってくれるのよ』

『そうだな。きっと将来は社交界一の淑女になるだろうよ。良縁に恵まれれば我が家も安泰だ』

『…………!!』


 ――この時ベアトリクスが感じたことは、実の子どもではないことに対するショックではない。いや、もちろんそれもあったのだが、より大きかったのは焦りだった。


 期待に応えないと、自分は不要だといつ放り出されるか分からないと思った。一秒前までは無条件に両親や兄たちに甘えて暮らしていたが、これからはそうはいかないと、本能的に感じた。

 だから、教師の前では明るく真面目な生徒を演じ、両親の前では立派な淑女として振る舞うようになった。


 実際には、ブルグント伯爵夫妻は善良な人間だったから、例えベアトリクスが無能でも冷遇することはなかっただろう。ベアトリクスが真面目な人間だったからこそ、必要以上に怯えて心配し、どんどん面の皮をかぶるようになっていったのである。


『立派な淑女になって、有益な縁談を結ぶことがわたくしの役目……!』


 しかし、そう思えば思うほど上手くいかない。

 年子の妹イレナは、五歳になる前に亡くなってしまった。そのぶんの期待や愛情はベアトリクスに向き、いっそう厳しい教育を施されるようになる。彼女はにこやかに笑い、心で泣くようになっていった。


 普段家で食事制限を受けているため、舞踏会に行くと男性ではなく軽食に目が行ってしまう。貴族らしくあらねばと思うほどに、実は貴族でない自分に違和感を覚えるようになった。

 思春期に入ったベアトリクスは、自分が自分で分からなくなっていた。


 そんな折に受けたのが、ルシファーの放った呪い「何でも拾ってきてしまう」だったのである。

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