第31話
「着いたぞ。ここだ」
王都の上質な店が並ぶメイン通り。赤い煉瓦に蔦が絡む、小洒落た雰囲気の建物の前でルシファーは足を止めた。
差し出されたルシファーの手に、自分の手を重ねるベトリクス。彼のエスコートで入店すると、かっちりとした服を着た店員が「ようこそおいでくださいました」とうやうやしく頭を下げる。そして店内の奥の方、庭がよく見える席まで案内してくれた。
席は衝立によって半個室状になっている。近くの客の声は聞こえるが、姿は見えないように配慮されていた。
真っ白なテーブルクロスと、ピカピカのカトラリーが眩しい。テーブルセットも非常に質の良いものだと、素人のベアトリクスですら感じ取れる。こんないい店、呪いを受ける前でも来たことがない。
「殿下。このお店、ちょっとどころじゃないような気がしますけれど」
素材を売って稼いだお金では、前菜くらいしかまかなえないのではないか。心配になったベアトリクスは口元に手を当てて、こそこそと呼びかける。
腕を組んだルシファーは、目を細めて口角を上げた。
「まあ大丈夫だ。実は、いくらか貯金があってな。城を出されたときに持たされていたんだ」
「あら! そうだったんですの。……でも、お腹を空かせて倒れてらっしゃいましたよね?」
今でこそ健康な身体を取り戻しているが、ベアトリクスに拾われた時のルシファーは、とても痩せていて肌もカサカサしていた。栄養状態が悪いのだと一目で分かるくらいには衰弱していたのだ。
問われたルシファーは、頬を染めながらぷいと横を向いた。
「……どうやって金を使うのか分からなかったんだ。支払いをするなどしたことがなかったから」
「まあ」
お金の使い方が分らなかったという可愛らしい告白に、笑いをこらえるベアトリクス。
「ふふっ、そうですよね。王子殿下がご自分でお金を取り出して使うなど、あり得ないことですから。知らなくて餓死しそうになっても当然です」
「お前、馬鹿にしているな?」
じとりと恨めしそうな視線を向けるルシファー。
そんな視線をひらりとかわして、ベアトリクスは美味しそうなものに目を向ける。
「いえいえ、そんなことはありませんわ。さあ、早速前菜が来ましたわよ」
白いプレートに少しずつ盛られたパテやマリネに高級野菜。久しぶりに目にするそれらに、自然と頬が緩む。こういった手間暇かけた料理や、なかなか手に入らない食材は屋敷ではどうやっても再現できないものだ。
「コース料理だから、嫌いなものがあったら俺の皿に乗せるといい。好きなものを好きなだけ食べてくれ」
「お優しいんですのね。わたくし好き嫌いはございませんから、全て美味しく頂きますわ」
「そうか。ではいただこう」
「いただきます」
カトラリーを手に取り、宝石のような料理を口へ運ぶ。
「とても美味しいですわ!」
「ああ。美味いな」
頬を抑えて幸福な笑みを浮かべるベアトリクスを見て、ルシファーも微笑んだ。
実際、この店は王族御用達の高級店だ。かつてルシファーも来たことのある店であり、味は保証できる。誕生日という大切な日に冒険はできなかったので、味を知っているこの店を選んだが、彼女も気に入ってくれてよかったと胸をなでおろす。
「……」
「……」
無言になると、カトラリーが皿を打つカチャカチャという音がいやに目立つ。
女性と二人で食事に来るなど初めての経験だ。
王族のマナーとして最低限の知識は教え込まれているものの、実践経験はゼロ。
いつもはお喋りなベアトリクスが珍しく黙っているので、どういった会話で場を盛り上げようか、ルシファーは顔を赤くしながら頭を回転させる。
ちなみにベアトリクスは先ほどの続き――どうしたらルシファーと共に過ごしていけるのかについて、再び考え始めていた。
黙り込む二人の間に、隣のテーブルの話し声が流れ始める。
『――そういえば殿下。落とし子様が現れたとお聞きしました』
『話が早いな。まだ公にはしていないが、先日南の森でさ迷われているところを巡回の騎士団が保護した。今は城でゆっくりされている』
声を聞いて、ルシファーはぎくっと肩が上下する。
この声は一つ上の兄――第三王子ユリウスのものにそっくりだったからだ。
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