第30話
ベアトリクスの誕生日を聞いたのは、悔しいがミカエルからであった。
倉庫で剣を交えていたとき。彼はルシファーが王子であることを見抜いていた。
『追放された王子様が、どうしてベアトリクス様のもとにいるのです?』
『お前には関係ない。というかお前、俺を知っているのか?』
『ええもちろん。第四王子のルシファー殿下といえば、魔法に剣にと、本来一番評価されてよいお方。国王陛下主催の演武会での剣舞はお見事でしたよ』
『……ふん。昔の話だ』
間合いを取ってルシファーは飛び下がり、右手から雷を打ち出す。
それをひらりとかわしながら、またミカエルは剣を振りかざして飛びかかる。
轟音と閃光飛び交う倉庫。しかし二人の会話はいたって冷静だった。
『――まあ、もとは王子でしょうが、今はただの平民です。ベアトリクス様にちょっかいを出さないでいただけますか? 来月の誕生日は、犬に邪魔されることなくお祝いして差し上げたいのです』
『……来月の、いつだ』
『あれっ。もしかしてご存じないのですか』
おどけてみせるミカエルに、唇を噛むルシファー。
剣を挟んで睨みあう二人。もし視線が見えたなら、激しい火花が散っていただろう。
『俺がお前に勝ったら教えろ』
ぐっと剣に体重を乗せるルシファー。
『――面白い。いいでしょう。その代わり、わたしが勝ったら今後一切ベアトリクス様と関わらないでいただきたい』
ぐぐぐっと体重を乗せて剣を押し返すミカエル。
『上等だ。相手がSS級だろうが何だろうが、負けるつもりはない』
――そうして死闘を繰り広げた二人。
決め手はルシファーが放った禁忌にも近い特殊魔法だった。変わり果てた姿になったミカエルは戦意を喪失し、勝利は彼のものとなったのであった。
◇
ちょっと良い店に行くことになった二人は、身支度を整え、夕暮れ時に屋敷を出発した。
秋のここちよい夕風が頬を撫で、さらりと髪をなびかせる。二人の影が夕日によって長く伸びている。
「……殿下と並んで歩くなんて、とても不思議な気分ですわ」
「俺もだ。城を追放されて、まさかゴミ屋敷令嬢と王都を歩く日が来るなんてな」
「うふふ。言いますわね」
笑い合いながら店を目指してゆっくり歩いていく。
「そういえば、殿下に婚約者様はいらっしゃらないのですか?」
第一王子、第二王子殿下は結婚済み。第三王子殿下は侯爵令嬢と婚約している。しかし、第四王子ルシファーに関してそういった話を聞いたことがなかった。
本来、彼の隣を歩くことができるのは婚約者だけ。城から追放されたとはいえ、そのあたりはどうなっているのだろうと気になった。
隣を見上げると、ルシファーはまっすぐ前を見ながら、苦々しい顔で答えた。
「……形式上はいたけどな。向こうも俺も、互いに興味がなかったから一度も会ったことはない。もちろん、今その婚約は破棄されている」
「そうだったのですね……」
自分で聞いたくせに、胸がチクリと痛む。
ベアトリクスは間抜けではない。だから、自分がルシファーに魅かれ始めているのだと正しく気が付いていた。
と同時に、ゴミ屋敷令嬢と元王子ではつり合いが取れないことも分かっていた。城を追われたとはいえ、彼の実力があれば他国で高位貴族として迎え入れられてもおかしくないからだ。
しかし、ここで諦めるベアトリクスではなかった。
きゅっと小さなこぶしを握り、眉間に力を入れる。
――殿下はわたくしが拾ったものですわ。他のご令嬢にとられる筋合いはありません!
いっときは不釣り合いだと考えて落ち込みもしたが、今はそれよりも、この状況を好転させたいと思い始めていた。
拾ったものに対する愛着なのか、はたまた純粋な愛情か。
呪いがそうさせるのか、それとも彼女の前向きな性格がそうさせるのか。
店までの道中、ベアトリクスはどうしたらルシファーと共にいられるのかについて、必死に考えていたのだった。
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