第29話

怠惰で放漫な王子はどこへやら。

 ルシファーは己の生活を見直し、実のある毎日を送るようになった。

 朝はベアトリクスより早く起きて朝食を作る。そのあとは庭に出て剣を振り、ベアトリクスが起きてくると共に朝食をとった。

 昼間は家でゴミの分別を行うか、ベアトリクスが森に行くと言えば護衛代わりに着いていく。遭遇した凶悪な魔物を軒並み退治し、その素材をギルドに売って小遣いを得た。


「――すげえな。初めて自分で金を稼いだぞ」


 交換した貨幣を前にして目を輝かせるルシファー。

 ギルドから大切に持ち帰り、厨房のテーブルに硬貨を並べ、かれこれ三十分は楽しそうに眺めている。

 その様子を微笑ましく見守るベアトリクス。


「やりましたわね。殿下の初収入ということで、今夜はお祝いをしましょうか。ご馳走を作りますわよ」

「いや、せっかくだからちょっと良い店でも行こう。たまには外食もいいだろう」


 きらきらとした顔のまま、機嫌よく言うルシファー。

 思ってもみない提案にベアトリクスはきょとんとする。


「殿下。さすがに犬と食卓を共にすることは難しいと思いますわ。王都の飲食店は格式が求められるところも多いですし」


 平民街の気楽な店ならまだしも、貴族街のちょっと良い店となると動物の入店は不可である。

 その言葉を聞いた彼は目を見開き、気まずそうに口を開いた。


「人間の姿で行こうと思う。――お前さえよければ、だが」

「えっ」


 貴族の男女が二人で外食に行くということ。それはつまり、恋人あるいはそれに準じる関係性であるということを表す。

 ――という忘れかけていた常識が頭に浮かび、ベアトリクスは顔を赤くする。殿下と自分が、恋人??


 しかし、ばつが悪そうに横を向くルシファーを見て、いやいやと考え直す。

 元王子ともあろうお方がそんなわけはない。殿下はちょっと良い外食がしたいだけであって、一人というのも外聞が悪いから女性を同伴したいだけだろう。変に意識してしまった自分が恥ずかしい。


 コホンと小さく咳をして、気持ちを整える。


「もちろん構いませんわ。むしろ、わたくしでよろしいのですか? ゴミ屋敷令嬢ですわよ?」


 元王子が食事をしているだけで目立つと思うが、その相手がゴミ屋敷令嬢となればあっという間に話が広がるだろう。世間から好奇の目を向けられること必至だ。

 そういう類の視線に自分はもう慣れたが、ルシファーはそうではないだろう。


「どういう目で見られるかは、俺も分かっているつもりだ。それでも……俺はお前と行きたいと思っている」


 紫色の瞳がまっすぐに彼女を射抜く。真摯な態度ながら、頬にはうっすらと朱がさしている。

 その美しさに、ベアトリクスはうっと言葉に詰まった。

 将来殿下からこのような表情を向けられる女性が羨ましいわ。自然とそう思いながら、了承の返事をする。


「わかりました。では、二人で出かけましょう」


 そう言うと、ルシファーはぱあっと表情を明るくする。


「ありがとう。では、店は俺が選んでおく」

「殿下が? ありがとうございます」


 気になる店でもあるのだろうか。まあ、今日は殿下たっての希望で外食だし、自分で選んだほうが満足度は高いだろう。そう思って特に気にせずベアトリクスは返事をした。


 今日が自分の誕生日であることを、彼女はすっかり忘れていたのである。

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