第32話

『落とし子様が現れるのは五十年ぶりですね。今回のお方は、どのようなお人なんでしょうか?』

『男性で、歳は二十八とおっしゃっていたな。なんでも魔術に心得があるそうだ。子細についてはこれから明らかになるだろう』


 隣の席の会話は続く。


 ――間違いない。やはりこの声はユリウス兄上のもので、そうなると相手の令嬢は婚約者のカロリナ侯爵令嬢だろう。

 王族御用達店だから、ここでデートするのは別におかしくない。でも、どうしてわざわざ隣同士の席に案内するんだ!? 次の料理を運んできた店員を睨みつけるも、気づいていないふりをされて無視された。


「……そういうことかよ」


 ぎりっと唇を噛む。

 つまり、店からの分かりやすい嫌がらせだ。昔と変わらず歓迎してくれたと思っていたが、そうではなかったらしい。


 ルシファーを追放したのは父王だが、その決定を兄王子たちも支持していた。筋肉量が少ないと馬鹿にしたり、魔法の才能を疎ましく思っていたりと、元々よく思われていなかった。兄弟仲は悪いと表すのが適切だった。

 特にすぐ上のユリウス兄上は、あからさまにルシファーのことを嫌悪していた。


「殿下、どうされました? 殿下の好きなお肉が来ておりますけど……」


 厳しい顔つきで手を止めるルシファーを見て、ベアトリクスは怪訝な表情を浮かべる。


「いいや、何でもない」


 気もそぞろに肉を口元へ運び、のろのろと咀嚼する。

 自分の存在が兄上にバレると面倒なことになる。なるべく静かにゆったり過ごして、あちらが退店するのを待つのがよさそうだ。


「ベアトリクス嬢。肉を喉に詰まらせぬよう、よく噛むのだ」

「? は、はい。大変柔らかいお肉なので、詰まらせることはないと思いますが……気を付けますわね」


 変な殿下。やたらゆっくり食事をするし、声は小さいし、ちらちらよそ見をして隣の席を気にしている様子だ。

 まあでも、最近の殿下はいろいろ変わりすぎだし、特に気にすることでもないだろう。ベアトリクスはそう思うことにした。


 ◇


 隣の席がいつ帰るのかとやきもきしていたが、こういう時に限ってなかなか帰る気配がない。彼等が中身のない話を延々としていることにイライラするルシファーだったが、今日はベアトリクスのお祝いだ。どうにか心を落ち着けて食事をした。


 そして最後のメニュー――デザートとティーの時間になった。


「すべてのお料理がハイレベルでしたわね! さすが、殿下が選んだお店です。どんなデザートが来るのか楽しみですわ!」

「口に合ったようでよかった」


 満足顔のベアトリクスがそう言ってほどなくすると、皿を持った店員と、後ろでティーセットのワゴンを引く店員がやって来た。


「当店特製のデザートでございます。ベアトリクス様、お誕生日おめでとうございます!」

「おめでとうございま~す!!」


 店員のはつらつとした声に、呆気にとられるベアトリクス。

 目の前に置かれた皿には数種類のデザートが少しずつ盛りつけられ、可愛らしい花が飾られている。そして、横長の焼き菓子の上に「誕生日おめでとう」というメッセージが書かれていた。


「あ……。忘れておりました。今日はわたくしの誕生日でしたのね……」


 口元に手を当てて、思わず正面に座るルシファーを見つめる。

 目が合ったルシファーは少し頬を赤らめる。恥ずかしそうに眉を寄せながら、祝いの言葉を述べた。


「おめでとう、ベアトリクス嬢。十八の歳も息災で過ごすように」


 その言葉に、青い目を見開くベアトリクス。

 驚きと同時に、戸惑いや嬉しさといった様々な感情が一気に押し寄せる。


「もしかして、殿下。わたくしの盛大な勘違いかもしれませんが、外食をしたいというのは、ひょっとして……」


 ルシファー殿下は高貴なお方。自分のような奇妙な令嬢の誕生日を祝うなど、思い上がりも甚だしい。そう頭は判断しているのに、この頃の優しい言動や、暴漢から助けてくれた時の光景が鮮やかに蘇り、どこかで期待してしまっている自分もいた。

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