第26話

当代の王は、どちらかといえば愚かな王である。とにかく筋肉至上主義で好戦的。自国の軍事力を見つけたいがため、あるいは腕試しだと言っては他国にちょっかいを出して疎ましがられている。そして国内を豊かにすることには興味がなかった。

 その結果、周辺諸国と比較して街並みは一昔前の景観であり、公共設備も古いまま。最新技術の導入も遅れていると言わざるを得ない。一部の国民から不満の声が出ているのは事実だった。


 ルシファー王子が追放されず、国政に携わっていたなら。そういった国民の声が拾われて、より豊かな国になる未来があったのかもしれない。


 ルシファーはゴミ屋敷でくすぶっていてよい人間ではない。

 そんなことを考えて、ベアトリクスはもどかしい気持ちになった。


「――はい。手当てが終わりましたわ」

「すまないな。助かった」

「すぐ食事の支度をしますね。少々お待ちいただけますか」


 ルシファーは昨夜から何も食べていないはずだ。お腹がすいているだろう。

 手早く用意できるメニューを考えながら腰を上げる。


「食事なら作ってあるぞ」

「えっ?」


 よろよろとルシファーは立ち上がり、驚くベアトリクスをエスコートしながら厨房へ向かう。

 そこにはパンとスープ、サラダが並んでいて、座ってすぐ食べられるように配膳もされていた。


「冷めてるだろうから温める。座って待ってろ」

「……」


 昨日に引き続き、どういう風の吹き回しなのだろう。

 気まぐれにしては出来すぎているというか、誠実さを感じずにはいられないのだ。


「……てっきり今しがた帰っていらしたのかと思いましたわ」


 ぎゅっとドレスの裾を握りながら言葉を絞り出す。

 いそいそと料理を温める背中がじわりと滲む。目が熱い。


「うん? 日付が変わるころには帰ってたぞ。それで、食事の仕込みをしてた」

「ではなぜあんなところでお休みになっていたのです? お部屋で寝た方がよかったのでは」

「……昨日の今日で変な奴が入ってきたら困るだろ。今屋敷に張る結界の魔術陣を作っているところだから、それまでは見張りをしようかと思ってな。――さあできたぞ。たくさん食え。っておい!? どうした!?」


 ルシファーが温めたスープの皿を持って振り返ると、はらはらと涙を流すベアトリクスが立っていた。怒っているような、何かをこらえているような、そんな表情だった。

 いつも朗らかで明るいベアトリクスの初めて見る表情に、ルシファーは動揺を隠せない。


「昨日のことがショックだったのか? もう大丈夫だぞ。俺がいる限り下手な奴にはやられないから――」


 急いでスープ皿をテーブルに置き、彼女の肩を優しく掴む。


「――すみません。取り乱しましたわ。大丈夫です、何でもありません」


 ハンカチを取り出して、俯きながら目を押さえるベアトリクス。次に顔を上げたときには、いつものすっきりとした顔をしていた。

 置かれた手を丁寧に外して、そそくさと席に着く。


「あ、おい……」

「うん! このスープ、とっても美味しいですわ。殿下、腕を上げましたわね」

「……おう」


 何事もなかったかのように食事を続ける彼女。いつものようにもりもりと、そしててきぱきと食事を平らげていく。

 その様子を見て、ルシファーは彼女の涙について追及することをやめた。大丈夫というならそれでいい。しかし、もし何かあったら頼ってもらえるような男になりたいと思いながら。

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