第27話
SS級冒険者ミカエル。
その力量は一騎当千、不撓不屈の精神でどんな敵もなぎ倒す国民的冒険者である。
貧しい平民の家に生まれ、弟たちを養うために若くして冒険者ギルドに登録。叩き上げで成り上がってきた彼は、涼やかな雰囲気とは裏腹に、裏社会では有名な遊び人だった。
クエストが終わると、高ぶりを抑えるために歓楽街へ向かう。派手な女たちを侍らせて、酒や宴やと豪遊するのが常だった。
金と名誉――誰もがうらやむそれらを手に入れたミカエル。
しかし、何もかもを手に入れたあとの毎日は、かつて憧れていたほど良いものではなかった。
『同じことの繰り返しですね。――つまらない』
クエストをこなし、女と酒に溺れる。好きでしていたときの気持ちは薄れ、半ば業務であるかのようにこなすようになった。
強くなりすぎたミカエルは、新しい刺激に飢えていたのだった。
彼が転機を迎えたのは、何の変哲もないある明け方だった。
黒竜討伐という特大クエストを終え、いつものように飲み明かした朝。帰宅しようと酒瓶と酔っ払いが転がる汚い裏通りを歩いていると、この風景に似つかわしくないものが目に入った。
『令嬢? なぜこんなところに――』
艶のある金髪に清潔なドレス。裾からのぞく細い足首は、どう見ても貴族令嬢だ。
腰をかがめて一心不乱に何かを拾っているその姿は、違和感しかなかった。
『朝四時、王都の歓楽街。貴族令嬢が居るのはおかしいですね』
何か困っているのだろうか。
ミカエルはよそ行きの顔を張り付けて彼女に声をかけた。
『ご令嬢。どうされましたか? わたしは冒険者のミカエルと言います。何かお困りでしたら力になりましょう』
ぱっと顔を上げる令嬢。青く澄んだ瞳が、ミカエルの目を捉える。そして、ミカエルの身体を素早く視線が上下した。
『ごきげんよう、ミカエル様。……もしかして、SS級冒険者のミカエル様でしょうか』
『そうですが……』
国民的冒険者のミカエルは有名人だ。こちらが知らなくても、相手は自分を知っているという状況は多い。
有名人に会えたベアトリクスは目を輝かせ、両手を胸の前で組み合わせる。
『お会いできて光栄ですわ! わたくしはブルグント伯爵が娘、ベアトリクスと申します。握手していただいても?』
『もちろんです、ベアトリクス様』
ベアトリクスはハンカチで手をごしごしと拭き、差し出された男らしい手を握った。そしてきゃーっと目を細め、興奮したように顔を赤らめた。
その様子を見て、ミカエルはすうっと心が冷めていく。
街を歩けば女性に声を掛けられ、熱っぽい目で身体を上から下まで眺められる。筋肉を触らせてくれだの、今夜は空いていますかだの、女とはこうもうるさいのかと嫌気がさしていたのだ。
その点裏社会の女は割り切った付き合いができるから楽でいい。素人は御免だ。
最早この令嬢が何をしていたのかなど、どうでもよくなってきたミカエル。
早く家に帰ってひと眠りしたい。興ざめしたこともあり、この場を切り上げることにした。
『お会いできてよかったです、ベアトリクス様。それではまた』
『はい! これからも応援しております!』
長い足で機敏に方向転換をするミカエル。左手に持っていた煙草を
――はずだった。
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