第24話
真っ暗なバザー会場。荷物の前にはどっしりとレオが座っていた。
「レオ! 悪かったわね。さあ帰りましょう」
ベアトリクスが声をかけると、レオが顔を上げた。
「ベアトリクス様。俺、ミカエル様に荷物の見張りを頼まれまして」
「そうだったのね。ミカエル様はちょっと時間がかかるかもしれないの。申し訳ないけれど、屋敷まで送ってもらってもいいかしら?」
「お安い御用です」
二人で荷車を引きながら屋敷を目指す。とはいえベアトリクスはレオが引く持ち手に手を添えているだけだが。
街の繁華街には灯りがともり、血気盛んな冒険者たちの豪快な笑い声が通りまで聞こえてくる。先ほどベアトリクスの身に起こったことがまるで夢かのように、いつも通りの日常生活が流れている。
その様子を、彼女はぼうっと眺めながら歩いていく。
「…………」
「……ベアトリクス様、何かあったんですか?」
「えっ?」
レオが怪訝な顔で尋ねる。髭もじゃの顔に似合わぬくりっとした目が、街のあかりで余計に輝いて見えた。
何かあったかと聞かれれば、何かはあったのだが。結果的には無事だったし余計な心配をかけたくないので、彼女は言葉を濁した。
「何もないわよ。どうしてそう思ったのかしら?」
「いやなに。随分とお顔が赤いうえ、ぼんやりしてらっしゃるので――」
その言葉にドキッと心臓が跳ねた。
――そう。実はずっと、胸が落ち着かないのだ。
もう駄目だ、襲われる。そう覚悟を決めたとき助けに来てくれた青年の姿を思い起こすたびに、どうしようもなく顔が熱を持ってしまう。
何もしない怠惰な王子様が見せた氷のような表情。争いごとに疎いベアトリクスでもはっきり感じられた圧倒的な殺気。初めて見る表情と行動ばかりで、一瞬たりとも目が離せなかった。
救出された後に流れた涙だって、安心と、嬉しさと、他にも様々な感情が入り混じって思わず零れたものだった。ポイ捨てしてしまったからというのは苦し紛れの言い訳にすぎない。
「……わたし、どうしてしまったのかしら」
ぽつりと呟く。
呪いを受けてからというもの、毎日ゴミ拾いのことだけを考えて生きてきた。
誰かを好きになるとか、胸が高鳴るとか、そういった経験などしたことがない。したいとも思ってこなかった。
「あの~、ベアトリクス様? やっぱりお加減悪いんですか? 暑かったから、こりゃあ熱中症かもしれないですよ。帰ったら水分補給をして、早く寝た方がいい」
「……そうね。頭を冷やした方がいいわ」
心配そうなレオの表情に気づくことなく、ベアトリクスは少し先の地面に目を落とす。
相手は元王子で、才能あふれる魔法使い。かたや自分はゴミ屋敷令嬢と呼ばれ、好奇の目で見られる訳あり令嬢だ。
自分の生き方を恥じているわけではない。しかし、あまりに不釣り合いであることは明らかだ。
街の明かりに浮かび上がる顔色が、今度は青ざめてくる。
「ベ、ベアトリクス様! 顔色が悪くなってきましたよ!? 急ぎましょう!」
「……ええ」
様子のおかしい彼女を気遣って、レオは黙って家路を急ぐ。
そして無事に送り届けたあと、何かあったらすぐ連絡するようにと言い聞かせ、彼女と別れたのだった。
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