第22話
ガランと音を立てて角材が地に落ちる。
氷点下のようにひどく冷たい目をしたルシファーは、無表情で顔の前に剣を構え直す。
「誰だお前!? 犬はどこ行った!?」
唾を飛ばして威勢よく叫ぶガタイのいい男。しかし、肉ダルマの方はほんの少しだけ冷静だった。
「……兄貴。こいつ、ちょっとヤバくねえか?」
急に現れた青年はただならぬオーラをまとっていた。
やや線は細いが、鍛えられたすらりと高い背丈。いかにも高級な生地で作られた黒い装束には、金色の複雑な刺繍がほどこされている。締まった腰には革製のベルトが巻かれ、今構えているロングソードの鞘が履かれている。
そして何より。その表情に溢れる殺気と威圧が、男たちの精神を削っていく。紫色の瞳は死など怖くないとでも言っているかのように虚無で溢れている。
「……ッッ!!」
思わず一歩後ずさる肉ダルマ。
――この男は怒っている。ものすごく。
そして自分が敵う相手じゃない。瞬き一つの間に致命傷を受けるくらいレベルに差がある。そう瞬時に感じた。
「おっおっ、俺は何も知らないぞぉ! 兄貴がゴミ屋敷令嬢はイケるって言うから付き合っただけだ!」
「おいお前! 何言ってんだ! 最初に女に声かけたのはお前だろうが! 乗り気だったじゃねえかよ!!」
なすり付け合う二人。
「……お前たちがこの令嬢に危害を加えたことは変わらぬ」
アメシストの瞳がきらりと光る。
右手を正面にかざし、形の良い唇が呪文を紡ぐ。
「מניפולציה של כוח הכבידה」
低い耳鳴りのような音が響き渡る。
と同時に、男たちは急加速し壁に背中から衝突した。
破壊音と同時に壁のモルタルが飛び散り、白い粉が舞う。
「ぐううっ!?」
めりめりと音を立てて彼らの身体が壁にめり込んでいく。
ものすごい重力を体の前面に感じ、言葉を発することも呼吸をすることもままならない。
みるみる顔は赤くなり、血管が浮き上がる。
「命が惜しくば、二度とこの令嬢に手を出すな」
真っ赤な顔で脂汗を浮かべる二人の男と対照的に、ルシファーは冷え切った低い声を出す。
コツコツと靴を打ち鳴らし、ゆっくり壁の方へ歩いていく。
「返事は? ――ああ。できないのか」
かざした右手を下にさげる。
その動きに呼応するように男たちの身体がゆらりと崩れ、ぐしゃりと床に倒れ込む。
「……グッ、ゲホッ! ゲホゲホッ!!」
「――カハッ。やややっ、約束する! もう二度と近寄らない!!」
喉や腹を押さえてうずくまりながらも、見下ろすルシファーに向かって必死に言い募る。
「ならさっさと出ていけ。下らない」
「「すみませんでしたあああっっ!!!!」」
転がるように男たちは倉庫を出ていった。
その様子をしっかり確認したあと、ルシファーはくるりと振り返る。
「ベアトリクス嬢! 大丈夫か?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます