第21話

裏路地に連れ込まれたベアトリクスは、そのまま倉庫のような場所に引きずり込まれた。

 素早く腕を後ろ手に縛りあげられ、口には布を噛まされる。

 この人たち、慣れているわ。そう感じるような手早い動きだった。


 窓から月明りが入り、薄暗い倉庫を照らす。

 地面に転がされた彼女を、下品な二人の男が覗き込んだ。


「ひひっ。これでいいだろ。おい、俺は前々から言ってただろ? ゴミ屋敷令嬢は上玉だって」

「疑って悪かったよ。ちゃんと女の匂いがするな。こいつなら心配するような家族もいねえし、ちょうどいい」

「~~~~~~っ!!」


 声にならない悲鳴を上げ、最後の抵抗とばかりに足で男の顔を蹴り上げる。

 しかし蹴りは簡単に避けられ、ポロリとハイヒールが脱げて素足が見えてしまう。


「おっと。随分活きのいい嬢ちゃんだな。でもな、無駄だぜ。というか逆効果だな。……綺麗な足だ」

「おし、やっちゃおうぜ!」


 もう駄目だ。ベアトリクスはぎゅっと目をつむった。

 ミカエル様はバザー会場にいるし、もし帰りが遅くて探してくれていたとしても、ここを突き止めるには時間がかかるだろう。


 ――もっといっぱいゴミを拾ってから死にたかった。この国だけでなく、他国を回ってまだ見ぬゴミと触れ合ってみたかった。

 それに、家にいるルシファー王子。わたくしが居なくなっても一人で暮らしていけるだろうか。今頃お腹を空かせて厨房で待っているんじゃないだろうか。――拾っておいて面倒を見られないなんて、本当にごめんなさい。


 男たちの手が襟元にかかり、ビクッと身体に緊張が走る。


「――――いてっ!! なんだ!?」

「こら噛むなっ! クソ犬が! あっち行け!」


 襟元にかかった手が荒々しく離れ、男たちが慌てふためいている。そして獣がうなるような、低い声が聞こえる。

 何事かと目を開くと、男たちの足に噛みつく黒い犬が目に飛び込んできた。


 犬は男たちがベアトリクスを離したことを認めると、彼女の前に立ちふさがり、男たちと相対した。グルルと喉を低く鳴らし、低い姿勢を取って威嚇している。


「ははっ! 守ってるつもりか? すげえなこりゃ」

「ゴミ屋敷令嬢様の飼い犬か? 王子様にでもなったつもりでいるんだろうな、この犬は。ちゃんちゃらおかしいぜ」


 噛まれた足を気にしつつも、男二人は全く懲りていない。邪魔に入った犬を始末しようと、倉庫内に落ちている角材を拾い上げる。

 ぽんぽんと二、三度手のひらに角材を打ち、にやりと笑う。


「動物虐待はしたくないんだけどなぁ~。俺ら今、すっごく腹減ってて機嫌わりぃの。悪いね、ワンちゃん」

「食らえッ!」


 振りかぶった二人。

 それは黒い毛並みに紫の瞳を持つ犬に勢いよく振り下ろされ――


「!?!?」


 ――たはずだった。


 美しく真っ二つになり、宙に舞う角材。

 目を見開く男二人の前には、剣を横に凪ぐルシファーの姿があった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る