第19話

品物を並べてお客さんを待つ。天気は快晴で、夏の日差しが降り注いでいる。

 つば広の帽子をかぶるベアトリクスだが、思わず扇子を取り出してぱたぱたと仰ぐ。


「ミカエル様は暑くないのですか? 長袖に長ズボンとは……」

「ああ、わたしですか」


 長袖の白いシャツに刺繍の入ったベストを羽織り、細身の全丈スラックスを着ている。そして腰には大剣や短剣など、いくつかの鞘がベルトにくくられている。

 この暑さだというのに、その顔は汗一つなく平然としている。


「暑いですけれどね。でも、冒険者の性なのでしょうか、肌を隠す癖がついているようです」

「怪我をしにくいように、ということですの?」

「ご推察の通りです。あとは、いざという時に布を切って使うこともできますからね」

「命懸けで働いてらっしゃるのですね……」


 唯一見えている手の甲にさえ、いくつもの傷跡が付いている。それは、ただの令嬢であるベアトリクスには想像もつかないような戦いをくぐりぬけてきた証だった。


 その筋張った大きな手に、思わず手が伸びる。


「ベ、ベアトリクス様……!?」

「――あっ、すみません! どれだけ大変な思いをしてきたのだろうと考えたら、つい!」


 な、なんてことをしてしまったんだろう。SS級冒険者の手に触れるなど、失礼もいいところだ。ぱっと手を引っ込めて何度も頭を下げる。

 二人の間に緊張感をはらんだ空気が流れた。


「ベアトリクス様、こんにちは。子供服が欲しいんですけど、ありますか?」

「い、いらっしゃいませ! 子供服ですね、たくさんありますよ」


 よかった、お客さんだ。自然な形で気まずい空気が中和されたことにベアトリクスは安堵した。綺麗に洗濯した子供服を女性の前に並べ、どれがいいかと話し始める。


 その隣で、ミカエルはとても残念そうな顔をしていた。


 ◇


 日が傾き、空が茜色に染まっていく。

 バザーは終わりを迎え、人々は夕食を取りに家へと帰っていく。出店者たちは片付けに取り掛かっていた。


「結構減りましたわね。持ち帰るものは一つの荷車で間に合いそうです!」

「初めてバザーというものに参加しましたが、楽しいですね。住民の方と触れ合う機会は中々ないものですから」

「ミカエル様大人気でしたわね。さすが最強の剣士様です」


 小さな子供から年頃の女性、さらには屈強な冒険者まで、ミカエルの存在に気づいた人々に終始話しかけられていた。笑顔で対応していたが、その顔には少し疲れが浮かんでいた。


 その様子に気づいたベアトリクス。荷物から財布を取り出し、元気よく言う。


「気疲れされましたよね。……なにか飲み物を買ってきますわ。少し休憩してから帰りましょう」

「お気遣いなく、ベアトリクス様。身体は全く疲れておりませんから」

「いえ、これぐらいさせてください。今日一日ミカエル様のお時間を頂いたささやかなお礼ですわ」


 そう言ってベアトリクスは広場を後にして、近くのカフェへと急ぐ。


 その後ろに、怪しい影が付いてくるとも知らずに。

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