第18話

長い足を組んで待っていたミカエルは、ベアトリクスを認めると素早く姿勢を正した。

 そして、丁寧に腰を折る。動きに合わせて銀色の長い髪がさらりと揺れた。


「おはようございます、ベアトリクス様」

「おはようございます、ミカエル様。お忙しいところ今日はありがとうございます」


 ベアトリクスも優雅にお辞儀をする。

 ゆっくりと顔を上げて、少し首を傾ける。


「けれど、ゴミ拾いまでお付き合いくださらなくてもよいのですよ。お手伝いは昼からのバザーだけで十分ですもの」

「少しでもあなたのことを知りたいのです。ご一緒することをお許しいただけますか?」


 優しい金色のまなざしが、朝日きらめく青い瞳を見つめる。勇猛果敢な冒険者とは思えぬほど穏やかな表情と声色だ。


「お許しだなんて、もちろん構わないですけれど。でも、ミカエル様には楽しくないと思いますわよ?」

「いえ、とても楽しいです」

「そ、そうですの……?」

「ええ、そうですよ」


 張り付いた笑顔に、どことなく圧を感じるベアトリクス。


 ミカエル様って、意外と暇人なのかしら。ゴミ拾いが楽しい言う人なんて自分しかいないと思っていたわ。そう思いながら、彼の分のゴミ拾い道具を手渡す。


 知り合って一年ほどになるが、SS級冒険者の仕事が忙しい彼とは、偶然行き会った時に会話する程度。昨日カフェで今日のバザーの話をしたところ手伝いを申し出てくれただけであって、こうして共に一日過ごすのは初めてだ。


 ◇


 ゴミ屋敷令嬢と国民的SS級冒険者という奇妙な組み合わせに、街ゆく人々は好奇の目を向けた。

 ――しかし、ミカエルのゴミ拾いは素晴らしかった。

 どんな小さなゴミも見逃さず、無駄のない動きで拾っていく。スタミナもあるので、ベアトリクスが小休憩を挟んでいる間も休みなく動き続けていた。


「ミカエル様、才能がありますわね!」

「ベアトリクス様にそう言っていただけて光栄です」


 汗一つ見当たらない、爽やかな表情でミカエルは笑った。


 いつもの半分以下の時間で朝の仕事が終わった。

 二人はぱんぱんになったゴミ袋を抱えて屋敷に戻り、代わりにバザーの品物が乗った荷車を引いて再び出発したのだった。


 ◇


 月に一度、平民街で開催されているバザー。

 各家庭や慈善事業家の貴族が不要なものを持ち寄り、格安で販売する催しである。


 ベアトリクスも拾ったゴミを綺麗にして毎回参加している。彼女の場合はお金を取らず、希望者に無償で譲っている。中には「これ、この間落としたものです!」と持ち主が現れることもあるので、なるべくたくさんの品物を持っていきたいと思っていた。

 だから、ミカエルの手伝いの申し出は素直にありがたかった。


 会場の広場に到着すると、すでに住民たちで賑わいをみせていた。

 広場は等間隔に区画分けされていて、おのおのシートを敷いたりテントを張ったりして店を出している。ベアトリクスも自分の区画の前に荷車を止め、荷物を下ろし始める。


「重いものはわたしがやります。ベアトリクス様は負担の少ないものを」

「……ありがとうございます」


 横からミカエルの腕が伸びてきて、ちょうど下ろそうとしていた木箱を持つ。

 百九十近い長身に、無駄なく筋肉のついた身体。横顔すらも整っていて、どうしてこんな人と一緒にいるのだろうと不思議な気持ちになった。

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