第102話
ロシナアムは、ぴっちりとしたボディスーツみたいな服を着ていた。これが
ぎゅうぎゅう抱きつくものだから、腕に胸が当たってちょっと気まずい。怒号と剣を交わす金属音が響く中、こんな不謹慎な気持ちになっているのは私だけだろう。申し訳ない気持ちになる。
「大丈夫よロシナアム。デル様から聞いていると思うけど、作戦があるの。ロシナアムこそ長い間張り込み大丈夫だった? すいぶん痩せたみたいだけど。ごめんね、あなたのこと気になっていたんだけれど、うまく念話が飛ばせないから連絡できなくて」
こけたというよりかは、シャープになった感じだ。以前より目つきも鋭くなっていて、長い間張り込んでいると人相も変わるのかぁと感心してしまう。
思わず彼女のほっぺたを触ると、嫌そうに顔を振られてしまった。
「だ、大丈夫ですわ。これがわたくしの本職ですもの! ますますスタイルが良くなってしまって申し訳ないですわっ! それより、まだ念話が使いこなせないんですの? いい加減、陛下以外にもきちんと送れるようになってくださいませ。王妃が誤送信ばかりじゃ恰好がつきませんことよ!」
ロシナアムの耳がサッと赤くなる。
ツンデレ気味なところは相変わらずなようで、ホッとする。
(事が終わったら、ロシナアムにご褒美をあげないといけないわね)
半年間もヴージェキアに張り付くなんて、身も心も大変だったと思う。何か欲しいものがあれば、私の給料から是非ともプレゼントしてあげたい。
――ロシナアムから離れて現場に目を向けると、騎士団とヴージェキア一味の交戦が目に入る。
人数で言えば同じぐらいだけれど、訓練された騎士団が相手では、実力差は明らかだった。我が国の勇敢な騎士たちは、縦横無尽に剣を振り、ばったばったと大根のように敵を斬っていく。赤い血飛沫が宙を舞い、鉄の匂いが鼻を突く。
勝負はあっという間についた。
傷を負った敵勢は、床に抑え込まれ、後ろ手に縛りあげられた。ぱっと見た感じ、こちらの騎士に怪我人はいなさそうで、安堵する。
でもまだ――――
制圧されかかった場に残る、2人の騎士。
唯一、ヴージェキアだけが、圧倒的に強かった。
相手をしているのは河童さんだ。ブラストマイセスが誇る
フードは首の後ろに落ちていて、黒翡翠石のようにくすんだグレーの髪が見えている。顔は中性的で、男性と言われても分からないような顔立ちだ。
「汝は、そこそこできるな」
くっ、と不敵な笑みを浮かべるヴージェキア。
「一応、騎士団長だからな。そこそこできなきゃ困るだろう」
額の前で撃を受けながら、目を細める河童さん。
ぐぐぐ、と見た目に分からぬいくつもの駆け引きがあった後、目にもとまらぬ速さで剣が疾走する。
二つの刃は稲妻のように交錯し、激しい金属音が響き渡る。
河童さんは相当強いと聞いてはいるけれど、大丈夫だろうか。
負けないにしても、怪我とかしちゃうかもしれない。
ハラハラしながら見守っていると、私の肩を抱くデル様が口を開いた。
「河童、もうよい。他の者はみな制圧された」
「はっ!」
その声を受けて、河童さんは後ろに大きく跳び下がる。
流れ落ちる汗の量が、戦いの激しさを物語っていた。
ヴージェキアは河童さんを深追いせず、しばらく彼を睨みつけた後に、剣を鞘に収めた。
「……さて、ヴージェキア・ゲイン。念のため尋ねるが、降参しないか? そなたは1人、こちらは無傷の30名だ。どう考えてもそなたに分はない。その上ここは冥界だ。逃げ出すことも叶わぬぞ」
私をロシナアムに渡し、デル様が一歩前に出てヴージェキアと対峙する。
その鋭い声に、一気に場の緊張感が高まった。
彼女との距離は10mぐらいだろうか。暗黒色の石造りの部屋を、静寂が支配する。
びりびりと肌と神経が震える感覚。
デル様を始めとした、騎士たちの殺気が飛び交っている。
ごくり、とのどが鳴る。
「降参などせぬ。わらわはたとえ命尽きようとも、汝に屈することはない
「……二言は無いな?」
「騎士に二言はない」
(……散々陰湿に狙ってきたのに、今さら騎士ぶられてもねえ)
矛盾した発言に、思わず心の中で悪態をついてしまった。
「では仕方ない。……騎士団はそやつらを連れて先に帰還せよ。河童は部屋の外で待機」
「「はっ!!」」
縄で芋虫みたいになった取り巻き達を担ぎ、騎士団の一行は部屋を出て行った。
「ロシナアムも外で待っていてくれる?」
「大丈夫なんですの?」
「うん。作戦だから」
心配げなロシナアムに、小声で返事をする。
「分かりましたわ。……くれぐれも無理はしないでくださいませ」
こちらをチラリと振り返りつつ、彼女は金属製の重厚なドアの向こうに消えて行った。
デル様と軽く目線を交わし、頷く。作戦は順調だ。
私はドレスを直すふりをして、谷間に仕込んでおいた小さなボタンを押した。
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