第101話

私とデル様、河童さんとライで話し合った、あのミーティングの日――――


「もしヴージェキアが仕掛けてきた場合、お披露目の会場でやり合うことは危険であります。観衆がたくさんいますので、下手をすれば無関係の国民に被害が及びます。それは避けねばなりませぬ」


 警備計画に目を落としながら、難しい顔をする河童さん。


「そうだな、魔法や兵器などを使うことを想定すると、我が国内ではやりたくない。ああ、そうだ、冥界に転移させるか。あそこなら派手にやっても大丈夫だ」

「はぁ、」


 涼しい顔ですごそうなことを言うデル様。

 冥界には4つの扉があったけれど、それぞれの扉は、この世界にある4つの国の長が管理しているらしい。デル様の管轄地内であれば、自己責任で何をしてもいいのだという。


 門しかり、転移魔法は魔力の消費が激しいらしいのだけど、彼にとっては何の問題もないようだ。


「団長が陛下と姫様側につくんだな。んじゃ、俺は観客の避難誘導を担当する」


 もし毒ガスを使った場合、解毒には大量の水が必要になる。そのため河童団長は私たちと行動を共にする必要があった。混乱する現場を取り仕切るために、副長であるライが残るというのはもっともな選択だ。


「冥界に転移した後はどうしましょうか」

「ヴージェキアは騎士なうえ、不死身である可能性が高い。取り巻きがいれば、まずそやつらを倒してからゆっくり対峙するのがよかろう」

「それがしも同意でございます」

「……冥界は安全ですけど、あの野ざらし砂漠みたいなところだと、ちょっとやりづらいですね。兵器とか武器を隠す場所もないですし、足場も悪いし……。デル様、砂漠の中に石造りの建物を作っていただくことは可能でしょうか?」


 兵器を安全かつ有効に使うにあたって、そのような建物があるとありがたかった。


「それは、むろん可能だ。どんな建物だ?」

「私としては、石造りで、天井と壁に配管を通せるゆとりがあればそれでいいです。広さや間取りは、騎士団の方々が戦いやすいよう決めてください」

「それがし共としては、部屋は少ない方がいいですな。あちこち逃げ回られると面倒です。広さは……広すぎてもやりづらいし、この部屋の2倍くらいがちょうどいいかと」

「ではそのように取り計らおう」


 デル様は大きく頷き、さっそく今の内容を宰相に念話を飛ばした。


「お願い致します。その建物に色々仕掛けをしておきましょう。転移先はその建物にしていただけると助かります」

「わかった。ところでセーナ、そなた、何だかとても生き生きしているな?」

「そうですか? 私はただ、安全に兵器を使用したいだけです」


 どうやら私は、知らず知らずのうちに満面の笑みを浮かべていたらしい。 

デル様と河童さんが顔を見合わせ、ライはかかかと笑っていた。


 ◇


 何一つ遮るもののない、冥界砂漠。

 月や星のない空は、相変わらず薄気味の悪い暗色をしている。


 永遠に繰り返される砂丘のなかに、ポツンと佇む異様な建物。

 暗黒色の重厚な石で造られたそれに窓は無い。その外見から、建物というよりは、巨大な正方形のオブジェといった方が的確かもしれない。


 そんな建物の内部で――――私たちはヴージェキア達と対峙している。


 相手は、総勢30名くらいだろうか。ロシナアムから位置座標の連絡を受けたデル様に、ここへ転移させられたのである。


「そなたがヴージェキア・ゲインか?」


 デル様の低い声が、石造りの部屋に冷たく響いた。


「……そうだ」


 高くも低くもない声で答えたのは、目深にフードをかぶった、背の高い人物だ。真っ黒なマントとフードに身を包み、腰元をサッシュで締め、細くて黒い剣をはいている。


 フードの下から金色の仄暗い目がチラリと見え、その鋭さに心臓がキュッ縮み上がる。平和ボケした私にも分かる殺気だ。冷や汗が背を伝う。

しかし、両隣に居るデル様と河童さんは、真剣ながらも余裕の表情だ。さすが、踏んできた場数が違うのだろう。


「今宵の爆発はそなたら一味の仕業か?」

「……そうだ」

「ふむ。では、国有地爆破、および儀式妨害の罪で捕縛させてもらおう」


 デル様の静かな言葉と同時に、騎士団が雄叫びをあげて彼女らに襲いかかる。

 静と動の急な切り替わりに鼓膜が破けそうになる。思わずヒールがカクッとなったところで、誰かに抱き留められた。


「あ、すみませ――」

「セーナ様、体力も魔力もないのに、こんなところに来て大丈夫ですの!?」

「えっ、ああっ、ロシナアムじゃないの!」


 覗き込むようにしている人物は、ピンクの髪にフェノールフタレイン液みたいな赤い瞳。

 少々痩せたような気がするが、生意気な有能侍女ロシナアムだった。

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