第四章 王妃と琥珀

第100話

閃光と爆音が、鼓膜を震わせた。

 ぐらり、と一瞬地面が揺れる。思わずよろけると、デル様ががっしりと背中を支えてくれた。


 (な、何が起こったの!?)


『な、なんだ!?』『爆発か!? いったい何がどうしたんだ!』『に、逃げろォ!』『ママ、怖いっ』『騎士様助けて!』


 混乱し、うごめく人の塊。シャンパンのグラスが落ちて割れる音、人々の悲鳴が響き渡る。

 お祭り状態が一転、会場は騒然となった。


「城の裏手の森で、爆発があったようだな」


 デル様が小さく呟く。

 ハッと隣を見上げると、彼は般若よりも恐ろしい顔をしていた。


 ふわり、と硫黄のにおいが鼻をつく。


(この匂い……火薬だわ)


 ダイナマイトより威力はだいぶ劣るけれど、この世界にも爆薬は存在する。いわゆる黒色火薬というもので、硫黄や硝石などを組み合わせて作るものだ。

 硫黄の臭いがするということは、黒色火薬を使ったのかもしれない。


「河童! 国民を避難誘導しろ!」


 デル様が怒声をあげる。空気がキンとなるような、あるいは稲妻かのような叫び声だ。

 彼に背中を支えられつつ、反射的に身を固くする。


「御意っ!」


 ステージ下にいた河童さんは、大きく身振りをとって、会場にいる騎士団員に何かのサインを出した。

 それを見た団員たちは、サッと各々移動を開始した。見ていると、向こうへ行くグループと、こちらへ来るグループがある。


(……国民を守る班と、私たちを守る班に分かれるって言ってたっけ)


 事前警備ミーティングでの話し合いを思い出す。


 国民を守るグループの先頭には、銀色のポニーテールが揺れている。ライだ。

 もう半分は私たちの護衛として、ステージをぐるりと取り囲む陣形をとった。


(……やっぱり、このタイミングで来たか)


 覚悟はしていたけれど、いざこうして混乱が起きると、心臓のドキドキが止まらない。

 ふぅ、と一つ深呼吸をして、デル様に話しかける。


「デル様、これは――」

「ロシナアムから念話が来た。ヴージェキアで間違いない」


 やはり、ヴージェキアが襲撃をかけてきたようだ。

 王城近くの森を爆破して、その混乱に乗じて襲撃をかけようということなんだろうか。


「セーナ、打ち合わせ通りにやるぞ。……大丈夫か?」


 心配そうに私の顔を覗き込むデル様。

 こういう争いに巻き込まれたことに対してなのか、お披露目をぶち壊されたことに対してなのかは分からないけど、どちらにしろ杞憂だ。


「はい、問題ありません。何度も頭でシミュレーションしてきたことですから」


 なにしろ私はマッドサイエンティストだ。そこらへんの軟弱なアラサーと同じに考えてもらっては困る。記念すべきお披露目式に泥を塗られたのは頭にくるが、怖いわけではない。兵器の実験台が来てくれたことで、先ほどからドキドキが止まらないのだ。


 そういう意味を込めて彼を見つめれば、彼は目を丸くした後、くく、と笑いを噛みしめた。


「私の妻は、なかなかに肝が据わっているようだ。うむ、それでこそ魔王の隣にふさわしい。――――ロシナアムから位置座標が来た。我々も行くぞ」

「はい!」


 デル様が夜空に向かって右手をかざす。

 朗々と呪文のような詠唱を始めれば、彼の長い指先から、夜空に向かって白い光が迸る。

 光はまるで意思があるかのように、西へと飛び出していき――轟々と燃える森の上空で魔法陣を描き出す。


(デル様の魔法はいつ見ても美しいわ……)


 毎度、大掛かりな手品でも見ているような気持ちになるが、まぎれもなく魔法なのだ。


 魔法陣が描き上がったのか、一瞬光が大きく膨らみ、カッと青白い閃光が走った。

 思わず目を細めるが、再び開いた時には、魔法陣は跡形もなく消えていた。


「……よし、次はこちらだ」


 今度は左手の指先から光が飛び出し、似たような魔法陣を描いていくデル様。

 私たちと護衛の騎士団をまるっと網羅する、大きな大きな魔法陣だ。


 足元から立ち上るまばゆい光にくらくらしつつも、ぐっとヒールで地面を踏みしめる。

 ライ達の誘導により、観衆は落ち着きを取り戻しているようだ。行き惑うことなく、誘導に従って避難している。


(よかった、国民に被害はなさそうね)


 そう安堵の笑みを浮かべると同時に――――圧倒的な光にのみこまれ、視界が真っ白になる。デル様が私の腰を引きよせた。


 ぐにゃり


 視界がゆがみ、足元が崩れて重力がめちゃくちゃになる。

 転移の変な感覚は未だに慣れない。

 ぐっと目をつぶり、こらえること数秒。


 地に足がついた感覚にホッとして目を開ける。


 ――――私たちは、冥界に転移した。

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