第96話

ブラストマイセスに戻ってきて早1年。季節は1周し、雪がちらつく日も増えてきた。

 今日はいよいよデル様との結婚お披露目式だ。


「セーナ様、とてもお綺麗です!」


 達成感に瞳をキラキラさせるジョゼリーヌと侍女たち。

 王城の離宮の一つが丸ごと花嫁支度室になっていて、私たちは朝から支度に入っている。入浴、エステから始まり、つま先から頭のてっぺんまで、ぬかりなく整えられた。合間合間にいろんな偉い人が挨拶に来て、あっという間に夕方である。


「ありがとう。デル様もそう思ってくれたらいいのだけど……」


 目の前の鏡に映る女性と目が合う。


(誰、これ?)


 地味な佐藤星奈はどこにもいない。そこに映っているのは結婚情報誌にでも載っていそうな、妙にまぶしい花嫁である。


 ――私が選んだドレスは、深い青色をしたマーメイドラインのものだ。日本では花嫁と言えば純白のイメージだけど、ここではそういうしきたりは無い。「着たいものを注文しなさい、私の衣装はセーナに合わせるから」とデル様が言ってくれたので、彼の瞳の色に合わせた色をチョイスした。

 繊細なレースでデコルテがきれいに見えるようになっていて、背中にかけて少しだけ露出している。ウエストはきゅっとくびれが目立つ設計で、膝上あたりからすそがエレガントに広がっている。


 ドレスに合わせて髪はゆるくハーフアップにしてもらい、青い薔薇を添えている。

 アクセサリー類は魔王様の母上が使っていたものから、ゴールドのネックレスとペリドットのイヤリングをお借りした。どちらもきらきらとても眩しい宝石が散りばめられていて、吸い込まれそうなほど美しい。


(ロシナアムはもっと肌を見せろって言ってたけど、アラサーだから露出は最低限のデザインにしたのよね。……ロシナアムは元気かしら? この姿、見て欲しかったな。お母さんとお姉ちゃんにも……)


 ふと、家族の事を思い出す。

 一生に一度の結婚式。きっと2人が見たら、すごく喜んでくれたと思う。それに、私もお姉ちゃんのウエディングドレス姿を見たかったな。……叶わないことだけれどね。

 ちょっとしんみりしてしまう。


「――本当にお美しいですよ。陛下が見たら、お外に出して頂けないかもしれないですね」


 私の想いを知ってか知らずか、ジョゼリーヌがポンポンと顔にお粉をはたきながら明るく言う。


「ジョゼリーヌったら! こんなに綺麗に仕上げてくれて嬉しいけれど、デル様の方が圧倒的に美しいわ。元の素材が違うもの」

「いえ、セーナ様も十分元はよろしいですよ。感じてらっしゃるほど厚くお化粧はしてませんもの」


 そうは言ってくれるものの、自分の顔は自分が一番よく理解しているつもりだ。隣に並んだとて観衆の視線はデル様にくぎ付けに決まっている。でも、それは別にいい。彼のカッコよさを直に見ることで、若い女性を中心に魔王政権の支持率が上がるだろうからね!


 ――――そんなことを考えていると、控室のドアがコンコンと控えめにノックされた。


「セーナ、準備はどうだ?」

「デル様! 今お化粧の仕上げをしているところです。もう終わると思いますので、よろしければお入りください」


 ちょうど終わりました、とジョゼリーヌが耳打ちしてくれたので、立って出迎えることにする。普段の私とはあまりにかけ離れた姿だから、本番前に1回デル様にチェックしてもらった方がいいだろう。


 ドアが開き、デル様が1歩入室する。


(か、かっこいい……っっ!!)


 ダークグレーの軍服、だろうか。普段見る軍服よりもかっちりしたデザインだ。胸にたくさんの勲章が輝いており、ウエストの高い位置をベルトマークしている。左の肩にはマントがかけられ、金色のねじねじした紐で右側とつながっている。彼の長い手足と覇者のオーラが余すところなく活かされた衣装だ。


 お顔は言わずもがな、だ。彼は化粧なんてしていないはずなのに、キラキラ5割増しっていう感じだ。凛々しい黄金比のお顔に、切れ長の夜空色の瞳。それなのに、私と目が合うと熱々のチョコレートみたいにふにゃりと笑ってくれた。


(デザイナーさん、グッジョブよ!!)


 心の中でグッと親指を立てる。こんなにカッコ可愛い彼を見られたのでもう満腹です。今日はこれで解散してもいいかもしれない。


「とても綺麗だ。私の色をまとうセーナはいつも以上に美しい」


 長い脚でスタスタと距離を詰めるデル様。あっという間に私の隣まで到達し、跪いた彼は私の右手にキスをした。


 かあっと顔に熱が集まる。


「デル様……」

「こんなに綺麗なそなたを外に出したくない。私以外の男に見られると思うと、心がどうにかなってしまいそうだ」


 立ち上がった彼に、ぎゅうっと抱きしめられる。

 お化粧がつかないように首を横に傾けると、彼の体越しに「ほら、やっぱり言ったでしょう」とでも言いたげなジョゼリーヌの顔が目に入った。


「……デル様も、とてもかっこいいです。こんな方が私の旦那様になるなんて夢心地ですが、現実なんですよね。私、あなたにふさわしいお妃になれるように、精一杯頑張ります」

「セーナはそのままでいい。今のままで十分なんだ。……私は幸せ者だな、まさか自分がこんなに幸せな結婚ができるとは思わなかった」


 胸が熱くなる。

 私だって、異世界でこんな素敵な魔王様と結婚するだなんて思ってもみなかった。


 出会った頃のデル様はとにかく虚弱で、なにかと倒れていたイメージしかない。私は薬師として彼を看病していただけで、彼と結ばれる未来なんてこれっぽっちも頭になかった。

 XXX-969を取りに日本へ戻るとなって、初めて彼のことが好きだと気づいたくらいだ。それから10年の時を経て奇跡的に想いが通じ、今日という日に至る。ずっと私のことを好きでいてくれたデル様のおかげとしか言いようがない。


 いくつもの奇跡と偶然が重なって、今日という日を迎えられる。

 運命のいたずら、という言葉は実に非科学的だけれど、悪くない。愛というものには、まだまだ未知なる感情が詰まっている。


 デル様の身体をひしと抱きしめ、幸せを噛みしめる。


「……お邪魔して申し訳ありません。ですが、そろそろお時間です」


 遠慮がちなジョゼリーヌのアナウンス。


「――もっとこうしていたかったが、残念だ。セーナ、行こうか」

「はい、デル様」


 デル様が差し出した腕に、そっと自分の手を重ねる。

 互いにひとつ微笑みを交わし、私たちは国民が待つお披露目の場へ向かうのだった。

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