第95話

(いやいや、確かに髪と瞳の色はライなんだけど)


 銀色のストレートの髪を、うしろで一つにまとめたポニーテールヘア。そしてミドリムシのように澄んだ緑色の瞳。ここまではライだ。


 だがしかし、顔および雰囲気が全然違う。好奇心旺盛で、見るからにお調子者だった顔はどこへやら、今ここに居るのは物静かでクールな美男子なのである。氷のように冷え冷えとした雰囲気をまとい、口は真一文字に結ばれている。体つきも、ずいぶんと厚みが増したというか、均整のとれた体格になっている。


「セーナは俺のこと忘れちゃったのか……」


 下を向く美男子。

 銀に縁どられた長いまつげが、悲しげに伏せられる。


「あの、ほ、本当にライなの? ちょっと……いや、結構雰囲気変わったのね?」

「…………」


 焦って声をかけるも、ライは忘れられたと思ったのか、顔を上げない。


(そ、そんなに傷つけちゃったかしら!?)


「お、大人っぽくなっていてビックリしたの。気分を害したのなら謝るわ、ごめんね?」


 くっ、と短い声をもらし、肩を震わす美男子。

 えっ、まさか泣いてるの??


(もっと謝った方がいいのかしら? 体に触れちゃ……まずいわよね。あっ、確か謝るのもあまりよくないってグリセウス先生が言ってたわね。ああもうどうしよう。婚約者として適切な振る舞いが分からないわっ!)


 わたわたしていると、デル様が呆れた声を出した。


「こらライ。久しぶりの再会だというからそなたの言う『ドッキリ』に協力したが、これ以上セーナを困らせるな」

「く…くくっ……」

「いやはや、ライは趣味が悪い。セーナ殿下が固まっておられるぞ」


 河童さんも呆れ顔で、ライの肩を小突いている。

 笑いを噛みしめるライと、呆れた表情のデル様と河童さん。その様子を見て、ようやく状況がつかめてきた。


(……あ~、そういうことね)


 ライの肩の震えがだんだん大きくなり、ついに堪えきれなくなった様子で顔を上げた。


「くくっ……あははははは! ごめんなセーナ! 久しぶりだから、ついからかいたくなっちゃって! 俺が大人しい騎士様になるわけないよな!」


 腹を抱えて笑うライ。う、うん、何も変わってない。むしろ退化した?


「もうライってば、騙したのね!? 180度正反対の雰囲気になってるものだから、一体何があったのかと思ったわよ」

「ひーっ、ごめんごめん。……くくっ、俺って結構演技派だろ? いやぁ、また会えて嬉しいよ。まさか魔王様と婚約するなんて、それは驚いたけどなっ!」


 ライは腹を抱えながら立ち上がり、ひとしきり笑うと真っ直ぐこちらを見た。白い騎士服には勲章がたくさん付いていて、妙にまぶしく感じた。


「改めて。俺はライゼ・フォン・フィトフィトラ。魔王陛下とセーナ殿下の忠実な騎士として、この身を国に捧げます」


 さっきまでのおふざけが嘘のように、彼は丁寧に身を折り畳み、私の手に忠誠のキスをした。

 ごつごつして筋張った手に、ライが鶏屋の店員ではなく、もう立派な騎士であることを感じる。こちらを見上げる真摯な瞳は、弟のようなそれではなく、1人前の男性らしさを感じた。


「あなたが旧王国の第3王子なうえ、騎士団副長って知ったときはビックリしたけど。実力でここまで来たことを、友人として誇りに思うわ。これからもよろしくね」

「俺もまさかこうなるとは思ってなかったさ。でも、ロイ兄が反逆罪で処刑されてから、これじゃいけないって思ったんだよな。鶏屋を辞めて、そこの魔王様にお願いしたんだ。ロイ兄みたいになりたくないから、鍛えてくれって」

「……最初、私のことを毛嫌いしていたのは何だったんだろうな?」


 腕を組み、ライをちらりと見てニヤリと笑うデル様。

 ライはぐっと喉が詰まった顔をして、顔の前でわたわたと手を振る。


「あっ、あれは……! だって、魔王様みたいなおっかないのが来たら誰でもビビるだろ!? 当時は兄貴の言うことが正しいんだって思い込んでたガキだったしさ。まあ、謝るよそれは。今は正しいのは魔王様だったんだって、ちゃんと分かってる」


(デル様は旧王族の生き残りを監視するため、定期的にトロピカリに視察に行っていたものね。ロイとラファニー、ライは最初からデル様の事を知っていたのよね)


 当時のライは、ロイに吹き込まれてデル様は悪だと思っていた。だから私にも彼に近づくなと警告したのだ。


(反逆したロイは死んだけど、第2王子のラファニーと第3王子のライは国の要職に就いてくれている。彼らの能力を生かしつつ、旧王国の不安要素を潰すというわけね。さすがデル様、うまいやり方だわ)


 空白の10年間に起きたことは、軽くではあるが教えてもらっている。農業ギルド長だったロイの一件は衝撃的だったが、まあどう考えても彼が悪いだろう。デル様の慈悲も無下にしたらしいし、冷たい言い方かもしれないが自業自得だ。


「ライ、積もる話は後にしませぬか? それがし、警備の話がしたい」


 退屈そうな様子の河童さん。

 しっとりとした緑色の頭の後ろで手を組んでいる。


「うむ。ミーティングを始めよう」


 ――――ミーティングは3時間におよんだ。


 人員や武器の配置、観衆の避難誘導、避難所と救護所の手配など、大筋は騎士団とデル様の間で決まっていたので、今日したのは最終的な微調整だ。私の動きを確認し、ダイナマイトとマスタードガスをどこでどう使うかといった話がメインだった。


 慣れない話に頭を使ったけれど、これで当日奇襲をかけられても十分対応できるはずだ。


「――では、当日はくれぐれも頼む。何もなければそれが一番だが、残念ながら何かある可能性が高い。騎士団の誇りにかけてセーナと国民を守り、ヴージェキアを捕えるように」

「それがしの命に代えてもお守り致します」

「俺を誰だと思ってるんだ? 妙な女1人ぐらい、どーってことねぇよ」


 おのおの、頼もしい返事をしてくれた。この国には勇敢な騎士がいるのだなあとしみじみ感じられて、すごく嬉しい気持ちになった。


「ふふ、頼もしいですね。でも、私も容赦はしませんよ。薬剤師兼研究者をなめたらどうなるか、思い知らせてやります」

「姫様が一番怖ぇよ~!」


 ライのからからとした軽快な笑い声が響く。

 呆れ顔のデル様と、ライには目もくれず頭の乾き具合を気にする河童さん。


(……みんな、無事でことが片付くといいのだけど)


 平和な光景を見ながら、私はそう切に願うのだった。

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