第93話
「次の狙いはお披露目式? どういうことだ?」
「これまでヴージェキアが狙ってきた日を思い出してみてください。1回目は研究所のプレオープン日で、2回目はデル様の誕生日。ぶち壊しにしたいのか分かりませんけど、どちらも私にとってかけがえのない日でした。次もまたそういう日である可能性は高いんじゃないでしょうか? だとすれば、次はお披露目式です」
「なるほどな……。確かに偶然にしては出来過ぎている気もするな。警戒するにこしたことはないから、当日の警備の見直しをしておこう」
「私も式までには兵器開発が終わるように研究を進めます。あと半年ありますから、どうにか形にできると思います」
顔を見合わせてうなずく私たち。
(……婚約者という関係だけれど、なんだか仲間みたいな一体感だわ。デル様は私を信用してくれているのね)
私をお姫様扱いせず、1人の人間として尊重してくれるデル様。彼の伴侶になれる私はとても幸せ者だと、改めて感じた。彼の隣だからこそ、私は私らしくあることができる。
「……結婚式、楽しみですね」
思わず言葉が口をついて出る。
意表を突かれたように、固まるデル様。
「……セーナが楽しみにしてくれていることが、私は嬉しい」
角を赤らめつつ、蕩けた表情になる。
普段クールな彼のこういう表情が、私は一番好きかもしれない。
「ふふっ。明日からもお互い頑張りましょうね! 調べ物もひと段落したことだし、そろそろお部屋に戻りましょう」
既に窓の外は薄く白んでいる。
手分けして本を元の場所に戻し、私たちは図書室を後にした。
◇
次の日から、デル様は警備の見直しと騎士団の訓練、私は兵器開発に大忙しの日々が始まった。
(抗生剤の方はいったんストップね。とにかく兵器のほうにマンパワーと時間を使いましょう)
ヴージェキアが私と同じ冥界蘇り人間であれば、身体を粉々にできるダイナマイトはかなり有効なはずだ。殺さずに捕まえることが第1優先ではあるものの、向こうの出方次第ではこっちも手段を選んでいられないだろう。
ダイナマイトの開発は、途中までは順調だった。
石鹸工場からもらったグリセリンを、ハーバーボッシュ法で得た硝酸でエステル化すると、ダイナマイトの主成分であるニトログリセリンができた。
ここまでは良かったのだが、このニトログリセリンは非常に不安定な物質で、わずかな刺激で爆発するという厄介な代物。爆発を制御するための工夫に手こずっている。
(確か、開発者のノーベルさんは珪藻土とか雷管を使っていたはずだけど)
知識として知ってはいても、それを具現化するのは難しいということを思い知った。
なにぶん武器の開発は専門外だ。サルシナさんやスタッフたちとあれこれ試しているところだ。
マスタードガスのほうはおおむね目処が立っている。
酒精――エタノールを起点として、合成に成功した。こちらは原料と反応装置が揃ってしまえば、あとはとんとん拍子に進んだ。棺桶に入れて持ってきた試薬には助けられた。
今は合成を繰り返して、量を確保している段階だ。
(ブラストマイセスの医療の発展を考えると、有機合成試薬はどう考えても必須だったのよね)
あの時紙に書きしるしていた自分に感謝だ。
――――と、そんな感じで、あっという間にお披露目式まで1か月となった。
デル様の誕生日以来、彼女は何も仕掛けてきていない。やはり結婚式に照準を定めているのだろうか。
(何もなく終われば良いけれど、もし邪魔するようだったら容赦しないわ!)
一生に一度の結婚式。デル様との大事な思い出になるはずの1日。
来るなら来い。こっちの準備は万端だから!
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