第92話
時計は静かに、そして確実に時を刻み、時計は午前3時10分を指していた。
「……結局、めぼしい情報は最初にデル様が見つけたものだけでしたね」
関係ありそうな本全てに目を通したけど、他に得るものは無かった。
「うむ。ヴージェキアの功績についての記述はあったが、本人に関するものは皆無と言っていいな。ま、当たり前と言えば当たり前の話だ。召喚人はその者自身ではなく、持つ技術を目当てにして呼ばれるのだから」
長い腕と脚を組んで、椅子にもたれるデル様。
調べ物の邪魔になるからか、途中から長い髪を後ろで1つに結わえていた。夜着のシャツと相まってなんだか新鮮なスタイルだ。
(うーん、セクシー)
思わず、オジサンみたいなことを考えてしまう。こんな美丈夫が私の婚約者だなんて、いまだに夢なんじゃないかと思う時がある。
あっ、ちなみに私はクラスTシャツと高校ジャージだ。10年前トロピカリの掘っ立て小屋に置いてきたものを、サルシナさんが回収して保管してくれていたのだ。相変わらず着心地抜群である。
「――私の推測では、ヴージェキアは人間としての寿命を終えた後、何らかの理由で冥界から蘇った。そして、何らかの理由でセーナを狙っている。そういう線が高いと思っている」
「確か、冥界に行った者には選択肢が2つあるんでしたよね。転生するか、そのまま冥界に住むか。私はデル様と結婚するという理由があったので、例外的にこの世へ出られましたけど。一体ヴージェキアはどうやったんでしょうか?」
デル様が教えてくれたことを思い出しながら、首をひねる。原則的にはその2つしか選択肢はないけれど、私は冥界の管理者であるデル様と結婚するというので例外が許されたのだった。
「これも推測になるが、当時の魔王ペリキュローザが一枚かんでいるのではないかと思う」
「ペリキュローザ様というと、デル様のおじい様ですか」
「ああ。書物に彼はヴェージェキアを気に入っていたと書いてあったし、他の史実によればかなり粘着質な性格だったようだ。考えたくないことではあるが……彼女の死を受け入れられず、秘密裏に冥界から連れ出した可能性はある」
苦虫を噛み潰したような表情のデル様。
脚を組みかえて、はあと深いため息をついた。
「魔王としての職権を乱用した、ということですか?」
「そうだ。ただ、それはあってはならないことだ。死んだはずの者を好き勝手に連れ戻しては、現世が混乱する。理由も無くしてはいけないことなのだ。……ペリキュローザには当然妻がいたし、史実によれば恐妻家だったようだから、公的な方法が取れなかったのかもしれない」
「なるほど……」
デル様の推測には矛盾が無く、今ある情報をつなぎ合わせると最適解に思える。
しかし、聞けば聞くほどペリキュローザという人物は身勝手な性格をしているではないか。
「……ペリキュローザ様は、ヴェージェキアを連れ戻すだけ連れ戻して、先に自分が亡くなったんですね」
なんとも無責任ではないか。
私もそうだけど、冥界から蘇った者は基本的に不老不死だ。例外として魂の器が無くなるくらい体が粉々になれば別だけど、そうでない限り死にたくても死ねないらしい。
ヴージェキアさんは、そのあたりを知らない可能性もある。ペリキュローザ様に先立たれ、生きたくもないのに生きているのだとしたら、ちょっぴり可哀想だと思う。
「本来、魔王とは身勝手で欲深い存在だ。身内を擁護するわけではないが、そういう意味では祖父は魔王らしい魔王とも言えるな。もし祖父が私を見たら腰抜けとでも言いそうだ」
自虐的な笑みを浮かべるデル様。長いまつげは伏せられ、心なしか少々寂しそうな表情に見えた。
「……っ、デル様は腰抜けなんかじゃないです! 優しいし強いし、国民みんなデル様が大好きですよ!!」
デル様が私を見て、少しだけ目を見開く。
急いでデル様の隣に駆け寄って、一気にまくし立てる。
「それに、私がここに戻ったのは自分の意思です。デル様と一緒にもう一度生きたいと思ったから。……デル様は独断で私を連れ戻すこともできたのに、そうしなかった。それは私の気持ちを尊重してくれたからでしょう? そういう思慮深い方だからこそ、国民も私もデル様に付いて行こうと思うのです。腰抜けは、奥さんが怖くてコソコソ違法なことをしたペリキュローザ様の方ですっ!」
こんなにも国民のために身を粉にしている為政者、前世を含めてもいなかった。だから、どうかデル様にはそんな顔をしないでほしいと思った。彼はこれまでずっと1人で頑張ってきたのだから、これからはたくさん幸せを感じて笑っていてほしいと強く思う。
乱れた呼吸を整えていると、ふわりと抱き寄せられる。
「ありがとうセーナ。落ち込んでいたわけではないが、そなたの言葉はとても嬉しい。……私は早くに両親を亡くしているからか、幸せそうな国民――――特に、家族を見るのが好きなのだ。だから争いで彼等が傷ついたり、必要以上の税や徴収で苦しんだりする姿を見たくない。平和で、十分な食べ物があればそれが一番ではないかと思っている。私の役目は彼等の生活と命を守ることだ」
「……はい」
デル様が自身の家族について話をしてくれるのは初めてだ。
彼の背中に手を回し、撫でるように動かす。
「魔王らしくないと言われるかもしれないが、これが私のやり方だ。セーナのように私を理解し、支えてくれる妃を娶ることができ、本当に良かったと思っている」
「わたしは一生お側にいますからね。デル様が必要だと思ってくださる限り」
「ああ、頼む。だから、次のチャンスが来たら絶対にヴージェキアを捕えるぞ。彼女はある意味では祖父の被害者だ。言い分があるなら聞いてやる必要がある。罰はそれからだ」
ヴージェキアも被害者だ、という考え方は実にデル様らしい。公平で、実直なところがすごく素敵だなと思う。
「そうですね。次、彼女がいつ仕掛けてくるのか分かれば楽なんですが…………あっ」
「どうした?」
「分かったかもしれません! 次に彼女が狙って来るのは、結婚のお披露目式です」
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