第91話
震える声で、デル様に事情を説明する。
つっかえたり、順序が支離滅裂になってしまったものの、彼は言いたいことを理解してくれた。
「――驚いたな。門の使用記録に手掛かりがあったとは……」
雷にでも打たれたような表情のデル様。
先ほどまでの和やかな雰囲気はどこかへ吹き飛び、お通夜のよう重苦しい空気になってしまった。
「私も偶然手に取って覚えていただけです。まさか、事件と関係があるとは……」
「ありがとうセーナ、そなたのおかげで重要なことに気づけた。門の開閉自体は私の役目だが、記録等は他の者がしている。自ら使用記録をつけていれば、もっと早く気づけただろうに」
はぁ、とため息をつくデル様。
しかし、別にデル様は悪くないと思う。忙しい国王が1から10まで仕事をしていたら、いくら時間があっても手が回らない。実務と記録を分業するのは、しごく全うなことだ。
彼は抱え込む性格なので、そこはしっかり強調しておかないといけない。
「いえ、いちいち全ての記録までデル様がつけていたら執務が滞りますよ? そこは、気にすることないと思います。確か、門の記録関係は内務省魔王府の管轄でしたっけ」
王妃教育により、国の組織図は頭に入っている。国内向けの仕事は内務省が管轄で、その中でも魔王がらみの内容は魔王府が担当だったはずだ。
「そうだ。調査本部は騎士団だから、情報の共有をしていなかった。今後は各組織の代表も調査団に加えよう。どこに手がかりがあるか分からないからな。……『ヴージェキア・ゲイン』、この者は召喚人かもしれないということか」
「同姓同名の別人、という可能性はありませんか?」
「……確定的なことは言えないが、私は低いと思っている。『ヴージェキア・ゲイン』という名前は役場に登録がなかった。ということは偽名だろうという結論に至ったが、この国でこの名前は一般的ではない。偽名を使うなら、ありふれた名前を選ぶだろう? だから、何かおかしいとは思っていたのだ。――召喚人であっても国民登録はされるものだ。よって、何らかの理由で、国民登録が漏れたか消されたのではないかと思っている」
「な、なるほど」
その後、とりあえず門の使用記録を確認してみようということになり、私たちは図書館へ移動することにした。
◇
「ふむ、セーナの言った通りだな」
「ですね……」
――門の使用記録には、やはり私の記憶通りの内容が書かれていた。
時刻は夜の10時。
王城に人の気配はなく、図書室は鼓膜が変になるくらい一層静かに感じられた。
魔術具の灯りがゆらめく中、私たちは門の使用記録を前に頭を突き合わせている。
「使用記録によれば、『ヴージェキア・ゲイン』が召喚されたのはおよそ500年前です。普通の人間であればとっくに死んでいるはずですよね?」
「そうなるな。この時代の魔王は私の祖父ペリキュローザだから、彼の史実を掘り返せば何か分かるかもしれない」
そう言ってデル様は図書館の奥に向かい、何冊か持って戻ってきた。
「魔王は死をもって代替わりするから、私は祖父に会ったことが無い。記録から読み解くか、古の魔物を召喚して話を聞くしかないな。レイン・クロインにまた頼んでみるか……?」
顎に手を当てて考え込むデル様。魔道具の明かりに照らされて、彫りの深さが浮かび上がる。
「その、レイン・クロインさんというのはデル様のお友達なんですか?」
デル様から他人の名前が出るのは珍しい。
彼が持ってきた本を1つ手に取りつつ、聞いてみる。
「友達、か。ちょっと違う気もするが、まあ馴染みの魔物だな」
「お呼びする際には、ぜひご挨拶させてください」
「わかった。なかなか面白いやつなんだ。セーナも気に入ると思う」
会話は途切れ、ページを繰る音が響き渡る。
「……ここに少し書いてあるな」
「なんです?」
手を止めて彼の手元を覗き込む。
「ヴージェキア・ゲインは歴856年に召喚された騎士。卓越した剣の技術を持ち、弓矢や戦鎚も得意とした。初代騎士団長として、戦いの技術および、兵法の知識をもたらした。ペリキュローザ王の信頼も厚く、彼は常に彼女を傍に置いた。歴896年没。――――これだけだな」
「…………そのようですね。あとは彼女がもたらした剣技と兵法について、延々と書いてあるだけですね。この本によれば彼女は亡くなったはずですけれど、一体どういう事なんでしょう? 実は死んでなかったとしても、人間は500年も生きられませんし……」
「私は死んでもなお生きている人間を知っているが」
「えっ、誰ですか!?」
そんなビックリ人間がいるなんて! ぜひとも、その身体について調べさせてもらいたいものだ。
わくわくした目でデル様を見つめると、頬杖をついた彼が面白そうに言う。
「セーナ。そなただ」
「…………あっ!?」
そういえば、そうだった!
この国での生活があまりに自然なのでつい忘れてしまうけれど、私は1回死に、そして不老不死の身体になっているのだった。
「そなたは、賢いのかそうでないのか、たまに分からなくなるな」
くく、と笑いをスルメのごとく噛みしめるデル様。
「う、うぐ……。わたし、別に天才じゃないんですから、うっかり忘れることはありますよ! さ、さあ、残りの本をチェックしちゃいましょう!」
「ここでの生活を楽しんでくれているようで、私は嬉しいがな」
緊張した雰囲気が、少しだけ緩む。
ニヤつくデル様の視線を感じつつ、慌てて私は新しい本を1つ手に取るのだった。
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