第87話

デル様は調査の指揮をとるために、寝室に残るらしい。


「すまない、セーナ。1人では心細いだろうが、婚約者が狙われたとなれば、これは私が直々に指揮をする案件だ。いったん落ち着いたら、すぐにそなたの部屋へ行くからな」


 申し訳なさそうに眉をさげるデル様。


「私は大丈夫です。むしろ、すみません。1人だけ避難しちゃって」

「そんなことはない、ゆっくり休め。私と騎士団とで今度こそ足取りを掴む。ロシナアムもあれで優秀だ」


 そう言って騎士団の方へ向き直ったデル様は、私に向けていた心配そうな表情から一転、般若のような顔になっていた。


(めちゃくちゃ怒ってるわ)


 多分、犯人はいい死に方をしないだろうと直感した。


 まだ婚約者とはいえ、王族に準ずる扱いの私を狙う者は、国家第1級の犯罪者として処刑されるはずだ。そう王妃教育で学習した。デル様がどうやって犯人を見つけるのかわからないけれど、見つかれば容赦なく罰せられるだろう。


 大勢の騎士に守られながら、安全だという別室に移動する。

 そこはお城の地下にあった。


 銃でも貫通しなさそうな、分厚い金属の扉。中に入ると当然窓はなく、内装こそ貴族風だけど、なんだか空気がどんより重い。シェルターみたいな部屋だった。


(ここなら狙われる心配がないってワケね)


 はぁ、と一つため息をついてソファに座る。

 ふと時計を見ると、深夜2時を指していた。


 デル様の誕生日会を楽しんでいたのが、はるか昔の事のように思えた。


「セーナ様、何かお飲み物を用意いたしましょうか」


 ロシナアムは追跡に行ったから、初めて見る侍女が付き添ってくれている。


「ありがとう。――ラベンダーティーはありますか? あ、いや、やっぱり毒まむし酒をお願いします。この間漬けたやつが私室のクローゼットにありますので」

「…………用意してまいります」


 飲まないとやってられない気分だ。とっておきのお酒で気分を盛り上げるしかない。……元々アルコール耐性があるから、酔うことはないけれど。


 侍女がお酌してくれた毒まむし酒で一息つき、私はベッドにもぐりこんだ。いつもとは違うお布団の匂いに、寂しさを覚える。


 寝られるかどうか心配だったけれど、矢に塗られていた毒は何だったのかなぁ、毒まむし酒は思ったよりフルーティーだったなぁ、と考えているうちに、私は寝息を立てていた。


 ――翌朝。


 デル様から念話が入る。

 私はとりあえず今日もこの部屋で待機ということらしい。

 昨日の侍女が、暇潰しにとボードゲームや本をいくつか差し入れてくれた。


「……はぁ~、なんだか面倒くさいわ」


 ベッドに体を投げ出し、悪態をつく。

 差し入れで大人しく遊んでいたけれど、一通り楽しんで飽きてしまった私は、昨夜の事件を思い出していた。


 昨日は恐怖と緊張でいっぱいだったけれど、一晩経って今は怒りへと変化していた。


(誰だか知らないけど、堂々と姿を現しなさいよ。ちまちま来て無関係な人を巻き込まないでほしいわ!)


 自分が狙われることで、周囲に迷惑と心配をかけている。私に戦闘能力は無いので、守ってもらうしかないのが申し訳ない。

 それに、犯人が捕まらないと私の行動は制限されてしまう。本来今日は研究所に出勤して、実験をする予定だったのに。毒菓子に続いてこうも立て続くと、身の安全が確保されるまで仕事は許可されないかもしれない。


(ほんと最悪。実験も調合もできないなんて、ある意味死ぬより辛いわよ!)


 死ぬことも経験済みの私からしたら、研究できるのにさせてもらえない状況のほうが辛い。

 狙われるのは王族の宿命なのかもしれないけど、その度にこういう思いをするのだと思うと、すごくムシャクシャしてきた。


 ――周囲に心配をかけ、私から楽しみを取り上げた犯人、許すまじ。


 イライラはピークに達していた。

 どうにか犯人をギャフンと言わせたい。私にできることはないだろうか、と思案する。 


(……また毒団子でも作ろうかな?)


 昔誘拐未遂されたとき、自衛の手段として毒団子を作ったことを思い出した。


 ちなみに現在その毒団子は、商魂たくましい外務大臣によって、「強力! 王室御用達ムシコロリ」と銘打って国内外で販売されているらしい。


(今は研究所もあるし、毒団子と言わずとびきりすごいやつでも作れそう。例えば、化学兵器とか……?)


「ふふふ……っ」


 怒りの気持ちは一瞬で離散し、俄然わくわくしてきた。


 まずい。笑っては不謹慎だと思うのに、兵器を開発できると思うと笑みが堪えきれない。

 守られてばかりの存在でいるのは本意ではない。だったら、私にしかできない方法で返り討ちにしてやればいい。


「王族を狙うとひどい目に遭う」ことが悪者に浸透すれば、将来的に狙われる機会も減るだろう。自分はもちろん、デル様もだし、もし家族ができたら、その皆への防波堤になれるかもしれない。


(マッドサイエンティストを敵に回したことを後悔させてやるわ)


 開発する兵器は何がいいだろうか?


 毒ガス、化学兵器、細菌兵器、爆弾……


 色々思いつくけれど、ブラストマイセスにある素材、技術で作れるものじゃないとだめだ。


「ふふ…ふふふっ……」


 我ながら今、恐ろしい顔をしていると思う。

 見ていろよ、犯人。私は絶対あなたに負けないから。

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