第88話

「セーナ、いい報告だ。ロシナアムが犯人追跡に成功した」


 デル様の第一声はそれだった。

 毒矢事件から2日後の夜、ようやく彼と会うことができた。避難中のシェルター部屋にて、久しぶりの再会だ。


「本当ですか! さすがロシナアム、暗殺者の本領発揮ですね! ……ということは、犯人は程なく捕まるんでしょうか?」

「現行犯で捕まえる方が重い罰を与えられるので、しばらく慎重に監視するよう指示した。恐らくまた狙って来るだろうから、そのタイミングで私と騎士団で制圧するつもりだ」

「なるほどです」


 悪い顔をしてニヤリと笑うデル様。容姿端麗な人物は、ニヒルな笑みさえ絵になってしまう。

 そして、一言に処刑と言ってもいろいろとレベルがあるらしい。島流しがギロチンになるようなイメージだろうか。


 給仕が用意してくれた紅茶を飲みつつ、話を聞く。デル様はいつもの珈琲だ。


「それと、矢に塗られていた毒はマンドレイクだとの検査報告が出ている。毒菓子と同じだな。――偶然にしては妙な一致だ。同一犯の可能性が高いとみて、調査を進めている」

「またマンドレイクですか。そうですねぇ、わざわざそんな古典的な毒を連用するなんて、ちょっと不自然です。毒の知識が薄いか、何か理由があってそうしているのかは分かりませんが」


 当然と言うべきか分からないけど、この国にも毒薬となりうる植物は生えている。悪者であれば、知識があってもおかしくない。ただ、マンドレイクは古くからある毒だけど致死性が高いわけではないから、こだわる理由が謎だ。


 うーんと考え込んでいると、デル様がそっと頭をなでてくれた。

 パッと横を見ると、憂いを浮かべた瞳と目が合う。どうやら、私が落ち込んでいるように見えたようだ。ちなみに彼は私の向かいではなく、なぜかいつも隣に座る。


「セーナ、怖い思いをさせたな。奴に次はない。必ず捕まえて地獄を見せてやる」


 デル様が私の顔を覗き込み、今度は頬をなでる。


(ち、近いわっ)


 婚約者となった今も、彼の顔を至近距離で見ると心臓が止まりそうになる。目の保養レベルを超越して、凡人にはかえって毒になりそうなぐらい、綺麗すぎるのだ。


 特に今は2日ぶりだ。イケメン耐性が落ちてしまっている。

 慌ててのけ反り距離を取ると、彼は不満そうな顔をする。


「なんだ、私が嫌なのか?」

「嫌ではないです! あまりにデル様が美しいので、直視すると心停止しそうになるだけです!」

「今のそなたは、そういう死に方はできないから大丈夫だ。私は近くでセーナを見たいのに」

「そういう問題ではないんですけど……」


 デル様との間にクッションを2つ挟み、物理的な距離をとる。

 申し訳ないけど、今から例の話をしたいから冷静でいたい。


「ゴホン」


 ひとつ咳をして仕切り直す。


「デル様、私昼間に考えたんですが、自衛の手段として兵器の開発をしたいのです」


 毒団子と違って兵器ともなれば、私1人の判断で始めていいことではない。ブラストマイセスとしての立場とか、周辺国からの目があるだろう。

 私は政治の事は分からない。だから国王である彼の判断でダメだと言われれば、ごちゃごちゃ言わず引き下がろうと思っている。研究バカと言っても、一応そのあたりの常識はある。


「兵器か? いいぞ。明日、さっそく中枢議会にかけよう」

「へ? ほ、ほんとうにいいんですか?」


(アッサリ許可が出た……?)


 デル様は基本的に平和主義者だ。渋る顔を想像していたから、拍子抜けして間抜けな声が出てしまった。


「いいぞ。あ、いや、セーナが私に近づいてくれたら許可する」


 ニヤリと悪い笑みを浮かべるデル様。

 彼はゆったりと机の珈琲に手を伸ばし、余裕の表情をしながら口をつける。


「ず、ずるいですよ! 明らかに後付けの条件じゃないですか!」

「じゃあ、諦めるか?」


 くすくすと笑われて、顔が熱くなる。

 私が諦めるはずがないと分かっていてからかっているのだ。


「ぐぬぅ……」


 悔しいけれどデル様の予想は正しい。

 兵器開発なんていうオイシイ研究、この自衛という建前を逃したら次にいつ携われるか分からない。


(仕方ない)


 ごねるアラサーは見苦しい。

 私は静かにクッションを退け、距離を詰めて彼の隣に身を寄せた。


「うむ、それでいい」


 満足げに大きく頷いたデル様は、さっそく私の腰に手を回す。


「許可を頂けて嬉しいんですけど、そんな簡単に決めちゃって大丈夫なんですか? ほら、国の立場とか周辺国への影響とか…」

「ん? 秘密裏にやればよかろう。大々的に兵器開発していると言ってしまうとそれは問題だが、バレずにやる分にはしていないことと同じだ」

「な、なんと! 私の考えは馬鹿正直でしたね。全てを明らかにするという事が政治ではないのですね?」


 他国との駆け引きだとか、秘密裏に何かするという発想など全くなかった。

 国王たるデル様はいたって平然とした態度で説明を続ける。


「そういうことだ。別に我々は侵略のために兵器を持つのではない。あくまで自衛のための隠し玉ということだ。国民やセーナを守る手段は多いに越したことはない。セーナは優秀な研究者だ、きっと素晴らしい兵器を作れるだろう」

「……全力を尽くします。オリジナル抗生剤の研究と並行して、私直属のプロジェクトとして取り組みますね」

「ああ。容疑者にはロシナアムが張り付いているから、明日から元の生活に戻って大丈夫だ」

「本当ですか!? ありがとうございます!」


 ことが解決するまで外出禁止かと思っていたから、手を打って喜ぶ。


(明日から忙しくなるわね。まあ、使わずに劣化しちゃう可能性もあるけれど、それはそれで幸せなことよね)


 半年後、開発した兵器を使うことになるとは、この時の私は少しも考えていなかったのである。

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