第84話

【魔王様の誕生日会(前編/魔王様目線)】

 


 セーナがブラストマイセスに戻ってきてから、毎日が楽しくて仕方がない。

 夜眠りに落ちるその瞬間も隣にいるし、朝起きれば隣で可愛い寝息を立てている。少しでも彼女の顔を見ていたくて、私はずいぶんと早起きになった。


 執務中もふと彼女のことを思い出してしまい、手が止まっているとラファニーに怒られる始末だ。

 こんなにも自分が彼女のことでいっぱいになってしまうなんて、予想以上だった。部下たちに言わせれば「孤高の魔王」なんて呼び名が懐かしくなるほど、今の私は別人らしい。


 この10年でブラストマイセスは大きく変わった。その最たるものは、何といっても魔族と人間の隔たりがなくなったことだろう。疫病に対して一致団結したこともあるし、それを機に魔族に親しみを感じていた人間たちが、一斉に声を挙げたというのも大きかった。


 このラファニーもそうだ。元の名はカイといい、旧王族の末裔で第2王子である。その身分を放棄してラファニーと名乗っている奔放な男。彼は少々軽いところがあるが、人当たりがよく交渉術に長けているので、外務大臣に任命している。


 国の団結力は高まり、セーナも帰ってきた。人生こんなこともあるのだなと思わずにはいられない。淡々と役目をこなして死ぬと思っていたのに、毎日幸せでたまらないのだから。


 ――そんなことを考えながらチラリと時計を見ると、18時をさしていた。


「――今日はここまでにする。ラファニー、その件は頼んだぞ」

「お任せあれ! さーて帰るかぁ、今日はデートなんでね! 止めても無駄ですからね!」

「よかったな。早く帰れ」


 机上の書類をかき集め、小躍りしながら会議室を出ていくラファニー。

 光沢のあった頭はやめて、髪を伸ばしているらしい。意中の女性の好みらしく、振り向いてもらおうと一生懸命な様子が何とも微笑ましい。


 ――さあ、私も早く部屋に戻ってセーナの顔が見たい。

 最近セーナは私より早く帰ってきている。急にそうなった理由は気になるが、教えてもらえなかった。とても嬉しいけれど、無理をさせてるんじゃないだろうか……


 考えてながら歩いているうちに私室の前に着く。


「ただいま」


 ――――パンッ!!


 小さな破裂音と共に、細かい紙切れのようなものが舞い落ちる。


(!? 襲撃か!?)


 思わず身構えて素早く周囲に目を走らせるが、どうもそうではないようだ。

 それどころか、壁には紙でできた花が付けられており、赤白の垂れ幕なんかもついている。襲撃というより、何かの飾りつけに見えるがこれは――?


 そして、目の前には満面の笑みのセーナ。

 手には筒を持っており、細かい紙切れはそこから出たようだ。


「デル様、お誕生日おめでとうございま~す!!」


(……ああ、そういうことか。そういえば今日だったか)


 彼女はトコトコと走り寄ってきてぎゅっと抱きついた。柔らかい。

 ふわりとした笑顔で私を見上げる。焦げ茶色の瞳がキラキラと光っていて吸い込まれそうだ。――可愛すぎる。


「……すっかり忘れていた。今回からはセーナが居るのだな。祝ってくれてありがとう」


 自分の誕生日なんて特に価値を感じていないし、正直なところ自分が正確に何歳なのかも把握していないくらいだ。


「デル様は、派手にお祝いされるのはお好きではないと聞きました。なので、2人でささやかにお祝いというのはいかがでしょうか?」

「セーナがしてくれるのか? それは嬉しいな」


 彼女の巻き毛に付いた紙切れをつまみながら答える。

 この髪の色も好きなのだ。私と同じ色だから。


「デル様は高貴な生まれですから、一通りのもてなしは受けていると思いまして。私にしかできないようなお祝いを考えました! 気に入ってもらえるといいのですが」


 相変わらずニコニコしているセーナ。

 彼女に手を引かれ、部屋の中央へ進む。


 いつも2人で食事をとっている机に、見慣れないメニューの食事とケーキが並べてある。

 香ばしい匂いが食欲を刺激する。とても美味しそうだ。


「ずいぶんと頑張ってくれたようだな? どれも美味しそうだ」

「はい! デル様の疲れをとり、リラックスしてもらうのが今日のテーマです。さあさあ、冷めないうちに食べましょう」

 

 私の帰る時間に合わせて用意してくれたのか、と思うと頬がゆるむ。

 彼女に促されるままに着席する。いそいそと皿に料理を取り分ける姿が愛おしい。


(料理よりもセーナの方が魅力的に見えるな)


「デル様? ぼうっとしちゃって、やはりお疲れなんですね。たらふく食べて力を付けてくださいね! この料理はお城のシェフと一緒に作りました。で、ケーキは私の自作です。――――はい、一通り盛りました。遠慮なくおかわりしてくださいね」

「ありがとう。セーナが作ってくれたと思うと、目移りしてしまうな」


 皿に盛られたなかで、目を引いた大きな肉の塊にフォークを刺す。

 ひとくち口に入れる。


(――――!?)


 これは、どういうことだ?


 冷や汗がぶわりと背中に浮かぶ。

 この肉は、ブラストマイセスでは有名なものだ。――とある用途にしか使わないものとして。


 はっきり言えば、男が夜の力を付ける時に食する肉だ。そういう料理を提供する店は男性専用だし、路地裏でひっそり営業しているものだ。和やかな誕生日の夕食に並ぶようなものでは断じてない。


 ……というか、セーナもそれは知っているはずではないのか? 城の池でそれを発見した彼女は「すっぽんが居ました!」と興奮して報告してくれた覚えがある。彼女は賢いから、名前を知っているのなら用途も知っているはずだ。


(セーナは私に不満を抱えているという事か!? ああ、私としたことが。彼女は優しいからはっきりと言えないのだ。だからこうして暗に伝えようとしているのだな……?)


 そういえば、肉の隣に盛られている貝。確かこれもそういう系にいいという食材だった気がする。あっ、このサラダの野菜も持久力にいいとかいうやつだ――


「デル様どうかしましたか? 食が進んでいないようですが、美味しくなかったですか……?」


 悲痛な面持ちでこちらを見つめるセーナ。


「い、いや、そうではないんだ。ちょっと、感極まったというか……」

「ふふ、ありがとうございます。デル様には元気でいてほしいので、もりもりたくさん食べてくださいね」


 安心したようににっこりと笑うセーナ。

 その笑顔が、今だけは何とも恐ろしく感じる。


 ごくり、と喉が鳴る。

 誕生日会、という体ではあるが、その真の意味に気づき震えが止まらなかった。

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