第83話

その日から、私は必ずデル様よりも先に帰宅して、彼をお出迎えすることをルールにした。そして、夕食までの時間はその日あったことをお互い話すようにした。

 かなり意識的に彼との時間を作るようにしたのだ。


 急に帰りが早くなったことに彼は「無理して時間を作らなくてもいいんだぞ」と言っていたが、別に無理はしていない。そもそもの私が愚行を犯していただけだ。「デル様のことをもっと知りたいのです」と正直に答えれば、角まで真っ赤になってしまって、私まで何だか恥ずかしくなった。


 デル様に人生の幸せを感じてもらうべく、私は次の作戦を考えている。

 実はもうすぐ彼の誕生日なのだ! これは是非、精一杯お祝いさせてもらおう。


 ロシナアムとサルシナさんいわく、デル様の意向で例年誕生日は特に何もしていないとのこと。お祝いの類は税金を使うことになるし、自分のために何かされると落ち着かないからだそうだ。


「うーん……とりあえずケーキとごちそうは用意するとして、問題はプレゼントを何にするかよね」


 今日は休日なので、自室にて誕生日のプランを練っているところだ。

 ふと窓の外に目をやれば、空はどんよりしていて今にも雨が降り出しそうだ。ブラストマイセスには四季があるものの、夏に入る前のこの時期は雨が多い。まさに梅雨っていう感じの今日この頃。


 机上に目線を戻す。


(315回目の誕生日ねぇ。今更あまり嬉しいとか無いかもしれないけれど、私は初めてお祝いするんだもの。何かサプライズをして記憶に残る一日にしたいわ!)


 ペンを指でくるくる回しつつ、どうしたものかと考える。


(王様ともなれば一通りのものは貰っていそうだし、驚きはないでしょうね。ここは私にしか作れないもので攻めるのが吉とみた!)


 薬剤師兼研究者のプライドをかけて「こんなの初めてだ!」と彼の目を輝かせたい。

 私特有の知識といえば漢方とか化学なので、そういう系でいけば誰かとかぶることはないだろう。


「……デル様は毎日執務で疲れているだろうから、滋養強壮に良いものは必要ね」


 手元の紙に

・イカリソウのケーキ

と記入する。


「あとはリラックスもしてほしいわ。アロマでも作ってみようかしら?」


 続けて

・シベットのアロマ

と記入する。


 ごちそうも、疲労回復、精が付くようなものを中心にしたい。

 さすがにごちそうを作れる腕前は無いので、お城のシェフと相談してメニューを考えることにしよう。


「ねえロシナアム。ちょっとお願いがあるのだけれど」


 部屋のすみに控えているロシナアムを呼ぶ。

 優秀な侍女はすぐこちらへやってきた。


「今、デル様の誕生日祝いの事を考えていたの。ケーキとアロマを手作りすることにしたわ!」

「セーナ様自らお作りになるのですね。陛下はとても喜びますわよ」

「ふふ、そうだといいのだけれど。色々考えて、やっぱり私にしかできない方法でお祝いしたいと思ったのよ。それで、いくつか特殊な材料が必要なの。悪いんだけど、この紙に書いてある二つが手配可能か調べてもらえないかしら。あっ、場所とか店名だけで大丈夫よ。採取と加工は私が自分でやるから」


 メモした紙をロシナアムにわたす。

 それに目を走らせたロシナアムが、確認のために読み上げる。


「――イカリソウと、シベットですわね。聞き慣れないものですけれど、国のどこかにはあると思いますわ」

「どうもありがとう!」


 ふふふ。デル様は喜んでくれるだろうか。

 俄然楽しみになってきた私は、足取り軽く日課の読書をしに図書室へ向かうのだった。



 その晩、主人が健やかな眠りについたあと。

 ロシナアムは古い書物を前に、頭を抱えていた。


 昼間セーナに言いつかった二つの素材。手配のために詳しく調べてみたところ、とんでもない代物だったからだ。


・イカリソウ(淫羊霍)

――滋養強壮、催淫に使用される代表的な植物で、名の由来は雄の羊がこれを食べると1日に百回交合するという言い伝えによるもの。



(いや、セーナ様は純粋に陛下の滋養強壮を想ってらっしゃるのは分かりますけれど! 色々とどうなっても知らないですわよ!?)


・シベット

――雄の麝香猫ジャコウネコの生殖器の近くにある、麝香腺分泌物を乾燥したもの。酒精などで溶かして薄めると甘美な香りを放つため、高級香料としても知られる。


(出所を知ってしまったら到底リラックスなんて出来ない気がしますけれど!? さすがの陛下もこれはギリギリアウトな気がしますわ……!)


 はぁぁ……と深いため息をつくロシナアム。

 これは絶対に、陛下にバレてはいけない。国家一級の極秘情報として、関係者には箝口令を敷く案件だ。


(でも、さすがセーナ様というところですわ。陛下が夢中になるのはこういうところですの?)


 見た目は清楚な印象なのに、中身はただの変人マッドサイエンティストだ。ポヤッとして見られがちだが意志は強く、肝の据わったところもある。

 仕えてまだ数カ月ではあるが、セーナのそういうところを彼女はきちんと理解し、好ましく思い始めていた。


「まあ、とにかく探しますわ……」


 ロシナアムは疲れた足取りで資料室を後にした。

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