第71話

デル様の求婚を受け入れてから、数日が経った。


 婚約者という立場になった私は、彼の厚意でお城に一室もらって住んでいる。

 デル様には「屋根裏とかで十分ですけれど」と言ったのだけれど、「婚約者を屋根裏に置けるか」と呆れられてしまった。そりゃそうか、彼がひどい人だと思われるわねと後から気づいた。


 頂いた部屋は、懐かしきトロピカリの掘っ立て小屋からすれば遥かに良いものだった。温かみのあるウッディなベージュを基調にしたその部屋は、1人用にしては広すぎるし、家具なんかも質の良いシンプルなものが揃えてある。

 そして何より感激したのは、広い部屋の一角には、調合台と生薬素材が揃えられていたこと。そして、机の引き出しを開ければ、たくさんのスケッチブックと色鉛筆が入っていたことだ。デル様が私のために用意してくれたことは明らかで、思わず彼に抱きついてしまった。


 ブラストマイセスには、いわゆる結婚式というものは無いようだ。

 結婚の書類を役所に提出すれば事務手続きは完了。家同士で一つ贈り物を交換し、ごちそうを食べるというのがそれにあたる慣例らしい。


 ただ私は王妃になるので、国民へのお披露目という場が設けられることになった。と言っても、城の門の外に作られたステージから観衆に向かって手を振るだけだ。大々的にパレードをするとかじゃなくて本当によかった。

 準備の都合があるので、私たちの入籍とお披露目は1年後になるらしい。


(……それにしても本当に私でいいのかしら。可愛くないし、アラサーだし……)


 デル様は何ら問題ないと言ってくれるけれど。しかし少し時間が経つと、また卑屈な気持ちになってしまうのだ。

 恋愛に興味がなかった時代は、年齢なんて気にしていなかったのに。今は急にアラサーということが気になって仕方がない。結婚するのならもう少し若くて肌がピチピチの時にしたかったかも。人間って、いや、私って結局欲深い生き物なのねとガッカリする。


「でも、セーナ様はこれ以上歳を取らないですわ。そういう意味ではアラサーで時が止まって良かったと思いませんの?」

「えっ?」


 目からうろこが落ちた。

 衝撃発言をしたのは、私の侍女兼護衛のロシナアムだ。彼女は18歳になる貴族のお嬢様なのだけど、腕利きの暗殺者アサシンらしい。なんでも代々王族の警護をする血筋の家なのだとか。旧王国が倒れた時に家を潰されるはずだったところ、デル様にスカウトされ、ブラストマイセス王国となった今も彼の側近として取り立てられている一族なのだと自己紹介があった。


 ちなみに今は彼女にお披露目用衣装の採寸をしてもらっているところだ。薄っぺらい下着一枚だけ着て、大きな鏡の前に立たされている。

 王城の食事は美味しいので、痩せていた身体はいくらか肉付きが改善されている。むしろ、お腹は洋ナシみたいに出てしまっていて恥ずかしい。


「セーナ様は亡くなっていますから、今以上にお年を取ることはありませんの」


 巻尺で測ったサイズをメモしながら、ロシアナムが続ける。彼女の綺麗なピンク色のツインテールが、馬の尻尾のように揺れている。


「老けない、ということですか?」

「おっしゃる通りです。老化しませんし、怪我や病気で再度死ぬということもありませんの。例外があるとすれば、お身体が粉々に爆散してしまうような場合ですわ。そうなると魂の入れ物がなくなるので強制的に転生してしまいますのよ」

「な、なんと……!」


「身体が爆散」というパワーワードが耳に入ったが、そんな状況まずないだろう。

 いつの間にか私は究極生物になっていたようだ。


(研究所が完成したら、この体を調べないと……!!)


 マッドサイエンティスト思考がむくむくと膨らみだす。

 死なないなら自分の体を被験体として実験をやり放題ではないか! 細胞はどうなっているのか、テロメアはどうなっているのか、調べたいことはいくらでも思いつく。


「……あっ! ということは……」


 ふと重要なことに思い当たる。


「デル様は歳をとるんですよね……?」

「もちろんですわ。陛下は生身ですので」


 当然、という顔で応えるロシナアム。

 普段暗殺者っぽさはないけれど、物言いは結構はっきりしている彼女だ。冷たさを感じるときもあるけれど、仕事はきっちりしてくれているので困ることはない。時間をかけて、仲良くなれたらいいなあと思っている。

 

(デル様がお亡くなりになっても、私だけ残るのかしら。……それは嫌だわ)


 もう二度とデル様と離れたくない。……そのうえ仮に子供ができたりしたら、その子達にも先立たれ続けるのだ。

『見送り続ける人生』という言葉が頭に浮かび、ゾッとする。


 そもそも、人生は有限であるから面白いのだ。限りなく続くことが約束されてしまったら、何に価値を見出せばよいのか。あれもこれもやり尽くしたその先にあるものは何なのか。私には分からない。


 青い顔をして固まった私を見たロシナアムは、何を考えているか分かったらしい。私のウエストを測りつつ、少し考えてから言葉を発した。


「ご心配でしたら、陛下にご相談してみたらいかがでしょうか?」

「え、ええ。そうするわ」


 どうにかなるのか分からないが、これはかなり重大な問題だ。ロシアナムの言う通り、1人で抱え込まずに相談することにしよう。

 思い立ったら吉日。すぐさまデル様に「今夜ご相談があります」と念話を送った。


 そうそう、私は念話が使えるようになった。

 詳しいことは分からないけれど、まあ、独身アラサーとして一皮むけた時、とでも言えばいいだろうか。私はデル様の魔力に染まったらしく、その日以降念話が使えるようになった。

 デル様の魔力を受けたと言っても、訓練もなにもしていない私が使えるのは念話だけだ。彼みたいに雷を落としたり、指パチンで転移したりというのはできない。


 すぐにデル様からは「わかった」と返事が来た。

 少し心の荷が降りたような気持ちになる。


 緊張がゆるんだ私を見て、ロシナアムはすました顔で告げる。


「セーナ様、顔色がよくなったようで何よりですわ。採寸もちょうど終わりました。ひとつよろしいでしょうか?」

「ありがとう、ロシナアム。なんでしょう?」


 ロシナアムはできる侍女だ。こうして私の様子によく気付いてくれるし、色々とさりげなくフォローしてくれていることも知っている。ドライでツンツンしているところはあるけれど、私としては好ましく思っている。


「セーナ様、もう少しウエストをしぼった方がよろしいかと存じます。このままではお衣装が映えませんわ。あと、髪型も野暮ったいですわね。自分で言うのも何ですけれど、わたくしぐらいを目指していただかないと!」


 メイド服のウエストを強調し、くるりと回るロシナアム。

 現役の暗殺者アサシンである彼女の体は引き締まっており、メリハリのあるスレンダーボディだ。フェノールフタレイン液みたいな赤い目を細め、面白そうに私を眺めてくる。


「……」


 前言撤回。

 ロシナアム、めっちゃ生意気。嫌いッ!!

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