第67話

「……ここは、王城のデルマティティディス様のお部屋ですね?」


 黒やブラウン系で整えられた、重厚な雰囲気のお部屋。討伐騒ぎで王都へ旅してきたときに入れてもらっていたので、なんとなく見覚えがあった。 

 暖炉には火が入れられ、きれいな炎がゆらめいている。


(……と思ったけど、なんだか新しい? レイアウトや家具は全く同じだけど、古い感じがなくなっているわ。リフォームでもしたのかしら?)


 冥界から帰還した私たち。現代から持ち込んだ実験道具たちも、しっかり一緒に転移してきていた。そして、腰にはなぜかデル様の腕がしっかり回されている。


「ああ、そうだ。セーナ、とりあえず湯あみをしてきたらどうだ。色々と疲れているだろうから」


 言いながらデル様は私のおでこやら耳やらに唇を落としていく。やたら雰囲気が甘いのが気になる。


「は、はい……。お気遣いありがとうございます」


 そんな風にされると、いろいろ経験値が低い私は誤解しそうになるからやめてほしい。

 つまり、デル様はまだ私を好きでいてくれているのではないかと。


(否、そんなはずはない。私は彼を傷つけたのだから)


 ブラストマイセスのためとはいえ、彼個人の気持ちはないがしろにした状態で地球へ戻ったのだ。期待してはいけない。XXX-969を渡したら私はもうお役御免なのだから……。

 

 落ち込みつつも、侍女さんの促しにしたがって浴室へ向かった。



 岩場から扉に向かう間に少し汗をかいていたので、さっぱりさせてもらえるのは正直ありがたい。

 案内された浴室は十分すぎる広さがあり、蒸気をあげる湯がたっぷりと張られていた。


 浴室の鏡の前に座り、ごしごしと洗っていく。

 長い闘病生活でかなり痩せてしまっていたけれど、死んでリセットされたのか顔色や肌ツヤは良い。元々丸顔だったから少しシャープになった今ぐらいがちょうどいいなと思う。

 意外にも胸回りの肉はほとんど落ちていなかった。髪は相変わらずもっさりしており、垢抜けない雰囲気は健在だ。


 髪と全身をくまなく洗い終えて、湯船につかる。

 お湯の温かさが、五臓六腑に染みわたるようだ。


「はぁ~、極楽極楽。……あれっ、極楽って天国のことだっけ? 私は死んだから、やっぱりここは天国なのかしら……?」


 思考がとろけてきて、よくわからないことを考え出してしまう。

 今日1日でいろんなことがありすぎて、疲れが出ているのかもしれない。


 そのうち薬湯の調合について考えは巡り、気付いたら湯船で寝そうになっていた。

 半分のぼせあがっていた私は、急いで湯からあがった。


(ふ~、さっぱりしたわ!)


 脱衣所に戻ると、いい匂いがするクリームや、ふかふかのタオルが用意されていた。

 さすが王城の備品、センスがいいなと感心する。生前こういう女子力グッズには縁がなかったけれど、用意してもらえるならつい手が伸びてしまうのが私だ。


「あ、着替えまで置いてくれてる。助かる~!」


 丁寧に畳まれた白い衣服を手に取る。

 ……はらりと広げてみて、思わず仰天した。


「なんだこれ!!?」


 簡単に言えば、それは透け透けのミニワンピースだった。


 フリルやレースがふんだんにあしらわれており、セクシーと可愛さを兼ね備えた逸品に見える。

 イケてる女子が部屋着に使うようなもの、あるいは勝負の晩に使うようなものにしか見えなかった。間違っても私のような地味アラサーが身に付けるものではない。


(何かの間違いじゃないかしら!?)


 脱衣所の出入り口を少し開けて、すぐそこに控えている侍女さんに声をかける。

 透け透けワンピを見せながら、これは着られない、何でもいいから別のものが欲しいと訴えるも、なぜか笑顔で拒否されてしまった。


「それしか用意がございませんので」


 その一点張りだった。

 さらに悪いことに、私が着ていた死装束は洗濯にまわしてしまったという。

 まあ、死装束をもう一度着るのは気が進まないけれど、この透け透けワンピよりはマシだと思った。でも、それすらもう無い。


 つまりこれを着るか、全裸か、その二択しか残されていない。


(着るしかないじゃないっ……!)


 いくらなんでも全裸は論外だ。

 頼りない布面積に戸惑いながらも、もじもじと着用し、脱衣所を後にした。

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