第65話
岩場をくだる者の列ができているので、その流れに私も加わった。実験道具を突っ込んだ袋を背中に背負い、液クロは両脇に抱えるスタイル。液クロとは分析に使う機械で、使い古した小さめの型とはいえかなりかさばる。あれもこれもと欲張った自分が少しだけ恨めしい。
地面はじゃりっとした黄色い砂で、踏みしめると足が少し沈んだ。
見える範囲に扉は4つある。それぞれ灰、黒、赤、金っぽい色をしている。
みな、これと決めた扉を目指して歩いているようだ。
(一番近いところでいいわ)
扉によって何か違うのかもしれないが、考えても分からないことだ。荷物も多いことだし、論理的に考えれば近いところが楽でいい。
私は一番近い灰色の扉に行くことにした。
灰色の扉へ流れる列の後ろに入ったところ、何かに服をひっぱられた。
(何だぁ?)
振り返ると、黒い犬が私の死装束を咥えて引っ張っていた。
(頭が3つあるわ! 可愛いワンちゃんだけど、普通じゃないわねえ。どういう仕組みなのかしら? 解剖したら可哀想だけど……気になる……!)
未知なるものを見ると仕組みが気になってしまうのは、死んでも同じらしい。自分が自分のままであることに、ホッとする。
じいっとその黒い犬を見つめると、なぜだか呆れた目つきをされた。初めて見る犬なのに、その目つきはどこか懐かしいような感じがした。
その犬は私の死装束を咥えて左の方にぐいぐい引っ張っぱりだした。まるで、こっちに来いと言っているような感じだ。
「んっ? こっちじゃないの? 私はあちらの扉だということ?」
行くべき扉が決まっているということだろうか。
ここのルールは全く分からない。
列を離れ、引っ張られる方向の扉に向かって歩き出す。
黒い犬は「フガッ」と一つ満足そうに鼻を鳴らすと口を離し、先導を始めた。やはり私が目指すべきはあちらの扉のようだ。
「ね、あなたは魔物なの?」
歩きながら犬に話しかけてみるが、チラッとこちらを振り向いただけだった。
(ブラストマイセスの魔物は人間に化けて普通に会話していたけれど、ここの魔物? はまた違うのかしら)
「あの、その頭はどうなっているのかな? 3匹で喧嘩したりはしないの?」
動物好きな私はそのあとも犬に話しかけ続けたが、やはり言葉は返ってこなかった。でも尻尾はちぎれんばかりに左右に振れていたので、嫌がられてはいなかったようだ。
◇
30分ほど歩いたところで、黒い扉の正面に辿りついた。
足場が悪いと疲れる。大荷物を抱えての移動は、ずっと入院していた肉体には堪えた。
ちなみに扉の手前、もう迷わないだろうというところで黒い3つ頭の犬はどこかへ走り去ってしまった。
「ふわ~、東京タワーぐらいあるかしら? 見れば見るほど立派な扉ねぇ……!」
近くで見るといよいよ迫力があった。黒曜石のような素材でできており、二本の太い柱の間にある扉には獅子の石像が錠前を守るように絡み付いている。上の方はアーチ状に曲線を描いており、こまかい彫刻がびっしりと刻まれていた。
「あれ? この模様、どこかで見た気がする」
荷物を地面に置き、そっと柱に手を触れる。そこに描かれていたのは、竜と蛇が向かい合って互いに炎を吐いているような紋様だった。
「こら君、勝手に触ってはいけない」
「あっ、すみません!」
制服を着た大きなトカゲににらまれてしまった。私が悪いので素直に謝る。
「あなたは門番の方ですか? ここはあの世でしょうか?」
「いかにも。生を全うした者たちが行き着く場所、冥界だ。あっちが受付だから、列に並ぶといい」
彼は門の横にある小さな詰所を指差した。
なるほど、ここは冥界と言うのか。さきほどいた岩場が死者の出現先で、各扉にあるであろう受付を通り、扉の先に見える街に入れるという訳か。そう推測する。
この扉の先にある、水風船につつまれたような――陽炎のようにぼんやりと見える街並み。ここは何だろうか? ひょっとして、デル様がいちゃったりしないだろうか。
淡い期待を胸に抱きながら、質問してみる。
「あのぅ、デルマティティディス様……魔王様はどこかにいらっしゃいますか?」
「君っ、なぜ陛下のお名前を……!?」
そこまで言い、大トカゲの門番はギョッとした表情を浮かべた。
「……君、名前は?」
「佐藤星奈……あ~、えーと、セーナと名乗っていた時期もあります」
「!!!!」
大トカゲは喉が詰まったような表情になり、みるみるうちに血の気が引いて青白い顔になった。震える手で制服のポケットから四角いものを取り出し、口元にあてる。
ちなみに、相当後で分かったことだけれど、この門番はトカゲではなくサラマンダーという魔物だった。
「アーアー。応答せよ、応答せよ。こ、こちら守衛のグラブラータ。セーナ殿が参りました、繰り返す、セーナ殿が参りました。至急陛下にご連絡をっ!」
言い終わった途端、彼は地面に五体投地した。
「ご無礼をお許しください! 好きなだけ模様をお触りになってください!」
「えっと……デルマティティディス様にお会いできるんでしょうか?」
「おっしゃる通りにございます! こちらの扉はデルマティティディス・レイ・ブラストマイセス陛下の扉にございます!! 今、陛下にご連絡を差し上げておりますので、少々お待ちくださいませえええ!!」
(デル様、本名長っ!)
そっちに気を取られてしまったものの、一息遅れて安堵がやってくる。
大トカゲ門番の口ぶりから推測するに、どうやら4つある扉ごとに管理者が違うような感じだ。この黒い扉はデル様のものということらしい。一番近くに見えた灰色のほうに行かなくて良かった。教えてくれた黒い犬に心の中で感謝する。
大トカゲ門番に名乗った後の対応が恐ろしくスムーズだったのが気になる。なにかの理由で私が死後ここに来たら知らせるよう、門番に頼んでいたのだろうか?
(とりあえず、お会いできそうで良かったわ)
ああ、これで私の長い計画も上手くいく。ブラストマイセスの疫病も解決だ。
(あれからブラストマイセスではどれくらいの月日が経っているのか分からないけど、もしかしてデル様は私を気にかけてくれているのかしら。いや、期待するなんておこがましいわ。またご体調が悪くなったということかもしれないし……)
様々な感情が渦巻き、嬉しいような悲しいような、何とも言えない気持ちになってくる。
どういう顔をして御前に出ればよいのか分からなくなってきた。
――――ぼうっとして柱の模様を見つめていると、ひどく懐かしい音が鼓膜をゆらした。
パチン!!
砂を巻き上げ、荒々しい竜巻が出現した。
大トカゲ門番が蒼白な顔で敬礼をとる。
竜巻の中に浮かぶ黒い人影。ぼやけていたそれは次第にすらりとした長身、しなやかに伸びる角、さらりと靡く長髪のシルエットへと変わっていく。
「……デル様っ!!」
時が経っても、その美貌は全く衰えていなかった。むしろ精悍さと色香が増して、ますます磨きがかかっている。すぐさま私をみとめたその目も、あの時と同じく優しいものだった。
ああ、会いたかった――――――
じわじわと熱いもので視界が歪み、ひとつ瞬きをするとそれは呆気なく溢れて頬を伝う。
もう何も我慢したくない。あとで怒られたっていい。
私は無意識のうちに走り出していて、勢いよくデル様の腕の中に飛び込んだ。
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