第三章 魔王様の婚約者

第60話

ピッ・・・ピッ・・・ピッ・・・


 ……規則的な電子音が聞こえる。


 身体が、心臓が、鉛のように重くて、腕が動かない。

 ベッドと身体がひとつになっていると感じるくらい、すごく重みを感じる。


 必死に力を込めて、瞼を動かす。

 ……瞼ひとつ動かすのに、とてつもない集中力が必要だ。

 

 ここはどこだろう?

 私、確か、フィラメンタスに感染して……研究所で薬を飲んで、それから……あれ? どうしたんだっけ……?


 ようやく瞼が開いたようで、ぼんやりと白い光を感じる。視界の焦点は合わず、明るさしか感じることができない。


 霧がかかったような視界の右から、ぬっと黒いものが現れる。

 人っぽいシルエットのそれは、私の顔を覗き込んでいるようだ。


 少しずつ目の焦点が整ってくる。覗き込んでいる人の顔には見覚えがあった。


(おねえちゃん……?)


 声を出そうとしたが、口が動かない。ゴムっぽいチューブをかまされており、酸素マスクらしきものが付いていることに気づく。

 私と目が合った姉は、顔をくしゃくしゃにして笑った後、バタバタと音を立ててその場から去って行った。


 シュコー、シュコー……


 残された私は天井の蛍光灯を見つめる。


 これは酸素マスクの音なんだろうか。

 なんか、ダースベイダーみたいだ。


 ――――ああ、私は助かったんだな。


 研究対象だったスタフィロコッカス フィラメンタスに感染し、自ら開発した新薬を服用した。そのあとの記憶がないけれど、誰かが倒れている私に気づいて搬送してくれた、そんなところだろう。


 起き上がりたいけれど、まだ全身が重い。かなり病状は悪いのだろう。


 ――――と、手のひらに何かが触れた。何かを握りこんでいるようだ。

 残念ながら腕もあがらない。ただそれは何か大切なもののような気がして、あとで確認するためマットレスとシーツの隙間にねじ込んでおく。


 シュコー、シュコー……


 シュコー、シュコー……


(ああ、眠い…………)


 気怠さに押し流されるように、私は目を閉じた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る