第59話

【閑話】ライの涙

ライ視点


 結局俺はガキだった。

 分かってるつもりで、何にも分かってなかったんだ――



 うちは由緒正しい家系だったんだって、父ちゃんと母ちゃんは言っていた。

「でも、ご先祖様が悪さをしたから、もう私たちは偉くないのよ」母ちゃんが優しい声で俺に話しかける残像が、頭の片隅に残っている。


 トロピカリの片隅で、俺ら一家は暮らしていた。母ちゃんの言う通り、血筋が良いというわりに暮らしは質素だった。なんなら農場をやっている同級生の家の方が裕福な生活ぶりだった。

 でも俺は気にしてなかった。というか、これが自分の普通だと思っていた。金持ちだった時代を知らないんだから。

 優しい両親に、歳の離れた2人の兄貴。みんなで囲むにぎやかな食事の席が、俺は好きだった。


 全てが変わったのは、両親がいなくなった日からだった。

 大雨の日だった。

 王都へ向かう両親を乗せた馬車が、道のカーブを曲がりきれず、崖から転落した。


 その知らせを聞いた兄貴たちは、泣き叫んでいた。

 俺はすごく小さかったから、死ぬっていうことがよく分からなかった。両親のことよりも、泣き叫ぶ兄貴たちの姿が怖くて、それで俺も泣いた気がする。


 ――父ちゃんと母ちゃんが事故で亡くなってからは、3人兄弟での生活が始まった。

 いきなり始まった兄弟だけの生活。炊事から洗濯、掃除。全てを自分たちでしなければならなかった。

 もちろんやり慣れていないから、何をするにも時間がかかった。俺も手伝おうとしたんだけど、かえって邪魔だと兄貴たちからどやされていた記憶がある。


 そのうち、どこからか手伝いの人が雇われてきた。俺ら子供だけで分からないことが起こった時は、その人が手助けをしてくれた。まだ俺らは学生と幼児だったのに、不思議とお金はいつも金庫に用意されていた。

 角を生やした男がたびたび来るようになったのも、そのころからだ。


 まだ小さかった俺は、その男が良いヤツか悪いヤツかなんて、知る由もなかった。だから、8つ上のロイ兄が「アイツのせいで俺らの父上と母上は事故に遭った」っていう言葉を、疑うことなく信じてた。興味無さそうにしているカイ兄のことは、なんて臆病なんだろうと思っていた。

 その男が来るたびに、俺とロイ兄は物を投げつけたり、ひどい言葉を浴びせていた。

「どーせお前は何不自由ない暮らしをしてんだろ?」「両親だって当たり前に生きてんだろ?」

 手伝いの人がいたとはいえ、いきなり始まった兄弟だけの生活は大変だった。今思えば、そのストレスをもぶつけていたのかもしれない。どんな暴言を吐いてもソイツはいつも無表情で、哀れむような表情で俺らを見てた。それが余計にムカついた。


 ――はっ、笑えるよな。愚かなのは俺の方だったってのに。


 時は流れ――――結局ロイ兄は、城に乗り込んであの男を襲い、断罪された。

 俺とロイ兄と距離をおいていたカイ兄は、夢だったらしい雑貨屋を開いて楽しそうにやってる。

 俺は――ロイ兄ほどあの男を恨みきることもできなかったし、やりたいことも特になくて、何となく地元に残っている。


 兄貴たちは自分の人生を歩んでいる。それぞれ方向性は違えど、自分のやりたいことをやったんだ。

 ロイ兄が言ってたことが嘘だった今、俺には何が残っている?


 結局セーナだっていなくなっちまった。

 バカだよな。セーナはアイツの専属薬師だったんだってさ。それなのに俺、討伐の計画をべらべらしゃべってさ。セーナを守るつもりで話したことが、逆だったってワケ。あの時の得意げな自分をぶん殴ってやりたい。


 赤毛の医者からセーナが書いた手紙を受け取ったけど、王都よりももっと、はるか遠くへ行ったらしい。

 アイツが喜ぶかなって、ヒヨコの置物買ってたのにさ。どうしてくれんだよ。

 ――本当にさ、どこ行ったんだよ。セーナはずっとここに居ると思ってたのに。一言も言わないで、どこ行っちまったんだよ。


 俺はからっぽだ。見た目だけのはりぼてだ。

 何者にもなれず、誰かの何かになることもできなかった。


 悔しい悔しい悔しい。これじゃいけない。

 くそっ、俺は、俺はどうしたらいいんだ――


 ロイ兄とセーナが居なくなってから、俺は必死で考えた。人生で初めて、必死で自分の頭で考えた。毎日、毎日、考えた。


 ――でも、俺、頭よくないから。なんにもいい考えは出てこなかった。


 ただ、ひとつ、ずっと頭に浮かぶのは、恐ろしいぐらいに美しいあの男の顔。


 今思い返せば分かる。あの男は、親亡き俺ら3兄弟が困らないように、生活を整えてくれていたんだ。困った時はどこからともなく現れて、手を貸してくれてたんだ。

 ほんとバカだよ俺。実際見たものより、根拠のない兄貴の言葉を信じてたんだから。


 今更助けてくれって言っても、虫がよすぎるだろ。

 散々俺はあの男に、ひどい事言ったし。


 でも、でも――――

 バカな俺に手を差し伸べてくれるのは、あの男しかいないような気がするんだ。


 あざ笑われようが、冷たくあしらわれたっていい。

 今までのこと謝って、それから、俺を強くしてくれって、言うだけ言ってみよう。

 頷くまで俺は絶対に諦めない。そこから始めるんだ。


 俺は俺の人生を生きたい。

 誰の言葉でもなく、俺自身が望むことを成し遂げるために。

 大切なものができたときに、引き留めておく力を持つために。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る