第58話

【閑話】サルシナの暗躍

サルシナ視点。




 第1王子ロイゼが王座を狙ってきな臭い動きをしている。そのことはかなり前から報告が上がっていた。

 我が主はわたしをトロピカリへと派遣した。定期的な視察以外でも、彼の動きを把握するためだ。

 薬の素材店を開き、彼が長をつとめる農業ギルドへ入った。


 決定的な事件があったら捕縛もやむなしと主から指令を受けてはいたものの、ロイゼは狡猾だった。自分は手を出さず、手下に悪さをさせるタイプだった。証拠のもみ消しも、やたらと上手かった。

 奴は真正のクズであるが、我が主の強さを理解していたところだけはまともだった。正面から向かっても勝ち目がないことは分かっていたようで、何かきっかけや弱みがないか、常に目を光らせていた。


 ――――そこにセーナが現れた。


 ロイゼ――通称ロイは我が主の温情で農業ギルド長という職についているものの、実際は形だけの役職で、ただふんぞり返っているだけだ。色恋遊びにかまけて普段は別の人間に執務を押し付けているのに、セーナが訪ねたその日だけは何の気まぐれか執務室にいたのだ。


 奴は我が主の魔力をセーナから感じたようだ。普通の人間は魔力を感知することはできないが、王族の血を引く人間には分かるらしいのだ。なぜだかは知らない。太古の昔、初代魔王と人間の王が和平の印にうんたらかんたら……と聞いたことがある。わたしは細かいことの記憶が得意ではないので、許してほしい。


 とにかく、セーナと我が主の関係性に気づいたロイゼが利用しないわけがない。あいつは、そういった狡猾な手口が得意なのだ。

 さっそく誘拐を試みたようだが、我が主によってそれは阻止された。

 我が主がうっかり手下を全滅させてしまったため、ロイゼが手を引いていたという決定的な証拠がなくなってしまった。だから再び泳がせた。


 次に奴がことを始めたと確信したのは、セーナが王都に行くためしばらく留守にすると告げに来た時だ。


 急いで店じまいをしてセーナの後をつけると、案の定奴はそこに居た。

 何食わぬ顔で変装し、御者として振る舞っていた。おおよそ馬車乗り場の受付嬢に金を握らせたか、恋人の1人なのだろう。

 ああ、第2王子と第3王子はまともなのに。なぜコイツは薄汚れた臭いしかしないのだろうか。



 セーナと御者――もといロイゼの後を付けて数日が経った。

 どうやら奴は旅の途中でセーナをどうこうするつもりは無いようだ。おそらく王城まで着いていき、セーナが我が主と接触した段階でセーナを人質にでも取るつもりだろう。主の目の前でセーナに刃物でも突き付ければ、さすがの主も闇雲に攻撃はできないだろうから。

 もちろん、トロピカリを発(た)った際に主には念話を飛ばしてある。セーナや無関係の国民に危害を加えるようなら始末してよいが、何もないようなら尾行を続けろと指示があった。

 昼間は人間体で馬車を追い、夜は魔物体に戻る。闇夜に紛れて見張りをした。



 オムニバランでは、セーナのテントの周りをうろつく不埒な男どもを追い払うのに忙しかった。

 いわゆる夜這いというやつだろうか。いくら見た目がよかろうと、いくら身分が高くても、こっそり閨に侵入するような卑怯者はセーナにふさわしくない。

 なかには、わたしにジャーキーを投げてよこして手なずけようとする者もいた。

白状しよう。ほんの少しだけ心が揺れた。しかしながら、わたしは気高きケルベロス。ジャーキーなぞで買収されるような低俗な魔物ではない。

 ケルベロスの姿でいるから手なずけようとされるのだ。大きめの狼に化けて威嚇をすれば、みな小さく悲鳴を上げて逃げて行った。彼らがばらばらと落としていったジャーキーや骨は、念のため回収しておいた。

 

 一応このことを念話で我が主に報告すると、次の瞬間恐ろしい顔でこちらに現れた。「一通り追い払ったあとですので、ご安心を」と伝えたものの、激怒した我が主は朝までテントの側を離れなかった。


 

 ゾフィーでは、魔族の同胞たちが頑張っていた。特に、なんて言ったかな、あいつは? 気のいいユニコーンだけど人間名が思い出せない。……まあ、いいか。魔族には、魔族での名と人間体のときの名があって、とても覚えきれない。

 しかし、疫病が流行るとは。ちょっと厄介なことになりそうだ。



 セーナがゾフィーに滞在中、ロイゼはこっそり王都に行っていた。後をつけてみると、柄の悪いゴロツキ連中と落ち合っていた。光るものを握らせたのが見えた。……金か。

 どうやらセーナを人質に取った後、我が主に痛い思いをさせようということらしい。


 ……馬鹿かこいつら?

 考えが浅はかすぎて頭痛がした。

 たとえセーナに刃物を突きつけ、それで我が主がひるんだとしても、私たちの存在を忘れているだろう。我が主は国王であると同時に魔族の長だ。その配下にある魔物は何千、何万のレベルであるし、みな我が主に忠誠を誓う戦士でもある。主の想い人に手を出した瞬間に数多の炎や雷、洪水に飲み込まれ、あるいは獰猛な魔物の牙に食いちぎられ、愚か者の命は潰えるのだ。



 セーナはぎりぎりまでゾフィーにいたが、満を持して王都へ向けて出発した。今更ながら、セーナは何のために王都へ向かっているのだろうか。

 最低限の休憩しか挟まず走り抜けたため、ロイゼがふらふらしていたのには笑えた。奴は女遊びの他にも、実は男娼としてトロピカリ有力者に取り入っている、とんだゲス野郎だ。王族の末裔として一応は馬に乗れるようだが、体力なんて皆無に等しい。


 更に気味が良かったのは、王都の馬車乗り場でロイゼが置き去りにされたことだ。急いだセーナは馬車を捨てて単騎で王城へ向かった。ポヤッとしたあの子が馬に乗れたことには驚いたが、その時のロイゼの間抜けな表情は今思い出しても吹き出してしまう。



 門番にメドゥーサがいたのは想定外だったが、無事我が主とセーナが合流できたようだ。

 セーナの用事は主に会うことだったのだろうか。あの2人、実はけっこういい感じなんだろうか?

 ほくほくした気持ちになりながら、私はロイゼの見張りに専念することにした。主のお側にいれば、セーナはまず安全だろう。



 ――――ロイゼは作戦を変更せざるを得なかった。

 ことが上手く進んでいると思って王城へ向かった王都のゴロツキ達は、嫉妬で怒り狂うメドゥーサによって軒並み石にされた。ロイゼからの変更連絡が間に合わなかったようだ。たまにはメドゥーサも役に立つのだな。


 1人になってしまった王子様は、半ばやけを起こしているようだった。諦めておとなしくトロピカリに戻れば我が主も見逃してくれただろうに、奴は何日か宿で休憩したのち、とある武器屋へ入って行った。



 ある日、ロイゼは覚悟を決めたような顔つきで王城へ向かった。

 門番に金を握らせて、素早く中へ入って行った。今日の門番は人間か。魔族は金でつられたりしないから。


 我が主と宰相に念話で報告する。

 王城の中にはうじゃうじゃと猛者がいるから、あとは彼らに任せておけば問題ないだろう。私はロイゼの滞在していた宿に戻り、何か企みの証拠がないか捜索した。しかし、めぼしいものは何1つ残されていなかった。狡猾なロイゼらしい。


 宿の捜索と武器屋への聞き込みを終えて夕方城へ行ってみると、目を疑う光景が広がっていた。

 門をくぐったあたりから漂う磯の香り、あちこちに広がるがれきの山、泥でぬかるんだ庭。

 何だこれはと思いつつ進むと、半壊した城が目に飛び込んできた。

 いったい何が起こったのかとあたりを見回すものの、王城の者はみな呆然と立ちつくしていた。


 異常な光景のなかでただ1人、冷静な気配をまとった人物がいた。


 大破した王城を見つめる主の横顔は、夕焼けに照らされていつも以上にお美しかった。ただ、その唇はかたく引き結ばれ、何かを必死にこらえているような、あるいは深く絶望しているような、そんな表情をしていた。そして、声をおかけするのもはばかられるような孤高のオーラを取り戻していた。


「ああ、セーナは行ってしまったのか」

 無意識に、そう気づいた。

 彼女が異世界人だということは、内々に聞いていた。いつか戻るのだろうとは思っていたが、まさか今日だったとは。

 セーナから特にそういった別れの挨拶は受けていない。王都に行くと挨拶があっただけだ。律儀な彼女にしては珍しいことだ。もしかしたら、火急のことでやむを得ず戻ったのかもしれない。


 とにかく、がれきの片づけを手伝うことにした。

 今主にお声掛けをすることは、好ましくないということだけは、はっきり感じ取れる。


 しゃがんだ私の横を、何か黒い荷物を持った騎士が駆け抜けていく。

 何となく、ふとその者が気になったが、今はそれより考えることがある。


 また2人が会える日は来るだろうか。

 ……いや、我が主の許しがあれば簡単なことではあるのだが。

 建前さえあれば大丈夫なのだ。その覚悟が2人……主にセーナにあるかどうかなだけだ。


 なにしろ私はケルベロス。冥界の番犬なのだから。

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