第50話
「討伐の件は問題ないだろう。実は、人物に心当たりがあるのだ」
「えっ、そうなんですか!?」
「ああ。放置しても問題ないぐらいの鼠だが、念のため関係者に警告して取り締まるよう伝えておこう。重要なのは疫病のほうだな……」
(あ、討伐は随分と軽い話だったみたいね……)
わざわざ王都まで押しかけた用件が、ものの5秒で終了した。
「疫病の件はすでに報告を受けている。私も近々視察に行くつもりだったところだ。今セーナの話を聞いた様子だと、かなり状況はひっ迫しているようだな……。セーナ、もし都合が良ければ、これから共にゾフィーへ行ってくれないか? 現場を見ながら、薬師としてのそなたの意見を聞きたいのだが」
「承知しました。もとより私単独でゾフィーに戻るつもりでしたから」
デル様の問いに、しっかりと頷きながら答える。
ドクターフラバスに、アピスのマスター。旅で知り合った彼らのために、そして苦しむ患者のために。デル様に討伐の件を伝えたら、私は全力で治療にあたる覚悟でいた。
「ありがとう。それで、魔法で薬を合成する件だが……言いにくいが結果は芳しくないかもしれない。むろん、試してはみるが」
「……デル様の力を持ってしても難しいのですか?」
王国一強く、掃いて捨てるほど魔力が有り余っているデル様にも難しいのか。思わず目をパチクリさせる。
これは意外というか、予想外だ。いつものようにニヤリとしながら「そんなこと簡単だ、任せておけ」と答える姿を想定していたからだ。
「私は見たことのあるものしか創り出せないのだ。先日の虹も、虹を見たことがあるから魔法で作ることができた。風や炎の魔法もそうだ、私がそのものを見知っているからできる。見たことのないものは創り出すことができない。……その、セーナが異世界で開発したという新薬がここにあれば、魔力を流して構造を解析し、魔法で創ることはできるのだが……。言葉や概念の説明だけでは完璧なものを作れない可能性が高いのだ」
「そうなのですか。デル様が謝ることはありません、私が勝手に想像して期待してしまっただけなので……」
「せっかくセーナが案を考えてくれたのに。すまないな」
申し訳なさそうな顔をするデル様。
こちらが勝手に期待しただけなのに、そんな顔をさせてしまって居たたまれない。打倒ハートの悪魔のためにどうにか別の方法を探さないと、と決意する。ゾフィーに戻ったら、ドクターフラバスと相談しなければ。
それにしても、デル様は本当に優しい国王様だなと思う。国王自ら疫病の流行地に飛び込むことがあるだろうか? 普通の国であればあり得ないだろう。デル様が人ならざる魔王で強力な魔力を有しており、菌に感染することがないという確証があるから為せることだ。
そして、ゾフィーの最前線で疫病と戦うドクターフラバスを始めとした魔族の医療スタッフたち。100年前人間に攻め込まれたにも関わらず共存を望み、今こうして人間の命を救っているなんて魔族の皆さんはとんでもなく良いひと達だなと思う。戦争に勝利した時点で、人間を支配下に置くこともできただろうに。
そんな善良な種族が、疫病に対して孤軍奮闘しているなんてつらすぎる。
私は改めて、決意を口にする。
「―――私、魔族の皆さんと協力して絶対にブラストマイセスを疫病から守ります。なんせ私は薬剤師で、研究者ですから」
「ありがとう、とても心強い。セーナの薬のおかげで私の体調はかなり良くなっている。もうほとんど元通りと言ってもいいくらいなのだ。そなたの腕は頼りにしている」
「本当ですか! それはよかったです! この調子で続けて飲んでくださいね。……ああ、ちょっと早いけれど脈も体温も安定していますね! 改めて見れば、顔色もすごくいいです!」
――なんと、魔王様専用漢方薬は効果てきめんだったらしい。正直、処方をあれこれ変えたり最低でも加減法は覚悟していたので、1発で当たったのは嬉しい誤算だ。
思わずデル様の手を取り、キャッキャとはしゃいでしまう。
「ああ」
彼はギュッと私の手を握り返し、嬉しそうに目を細めた。
(あっ、こういうのよくないかもしれない)
先ほど熱烈な告白をされたことを思い出した私は慌てて手を引っ込めようとしたが、デル様はそれを許してくれなかったのだった。
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