第48話

乾いた石畳の道を、ひづめが力強く蹴っている。 

 夜が明けきらない王都の街に人影はない。


 軽快に響き渡る蹄の音、そして私の青いワンピースがパタパタとはためく音だけが耳に入る。


 お城までの詳しい道は分からないが、中心部へ向かえばとりあえず間違いないだろう。

 田舎都市トロピカリと違って、街中はぎゅうぎゅうと建物がひしめいている。

 その間を縫うようにして、軽快に駆け抜けていく。


 30分ほど走ったころ、大きな道に出た。

 左右を確認すると、すぐに進むべき方向は分かった。


(ああ、あそこが―――)


 小高い丘の頂に、それはあった。朝焼けがまるで後光のように差し出しており、夜の闇を溶かし始めていた。


(あと少し……!)


 私は目を細め、無心で鞭を打ち続けた。



「……ここがデル様のお城ね」


 王都の中央、小高い丘になっているところに城はそびえていた。

 イメージしていた、ファンタジー映画に出てくるような荘厳なお城、というのとはちょっと違った。

 ずんぐりむっくりしたメインの建物があり、左右に離宮っていうんだろうか、また建物が見える。それぞれから塔みたいなものがいくつか飛び出していて、私の貧相な語彙力で例えるならば、お城というより要塞っぽい印象だ。


(おうちは魔王っぽいのね……ふふっ)


 城壁越しに見ているだけだから、見えない部分にも色々建っているかもしれない。

 とりあえず門を目指して馬を進める。


(トロピカリを出てちょうど10日か。ギリギリ間に合っているといいのだけど)


 アポなしで押しかけているけれど、緊急事態だからどうにかなると信じたい。

 正門だろうか、荘厳で大きな門の前には2名見張りの騎士が立っている。そのうち、気だるげな表情をした女性騎士に話しかけることにした。


「あのー、おはようございます。国王様に緊急でお伝えしたいことがありまして。面会させてもらえませんか?」

「……どちら様ぁ? お約束はしておられる?」

「私はセーナと申します。約束は、すみません、してないんです。ただ陛下の専属薬師をしておりまして、怪しい者ではございません」

「専属、薬師……?」


 女性騎士の目がギラリと光り、空気にピリッと緊張が走った。


(えっ? 何かまずいことを言ってしまったのかしら)


「ちょ、ハンシニー、おさえろ!! ……すみませんね薬師殿。こいつ夜勤でちょっと疲れてるみたいで。今、陛下に連絡を取りますので、少々ここでお待ち――――」


 慌てた様子で、彼女とペアを組んでいる少年騎士が間に入ってくる。

 少年騎士の言葉は、上空で響いた大きな羽音でかき消された。


 バサッ、バサッと大きく数回聞こえた後、風と共にふわりと舞い降りてきたのはデル様だった。

 背中に黒い羽のようなものが見えたけど、瞬きする間に消えてしまった。


「セーナ! もしかして私に会いに来てくれたのか? 気配を感じたから急いで来たんだが」


 朝日に照らされながら満面の笑みを浮かべるデル様。朝日よりもお顔の方がまぶしく感じるのはどういうことなんだろうか。

 早朝だというのに彼に眠そうな様子はなく、澄んだ空気以上に爽やかだ。


「デル様っ! ご無事でよかったぁ……」


 麗しい美丈夫の魔王様を目の当たりにし、全身の力が抜けていくのが分かった。

 するりと降馬し、思わずデル様に飛びついた。腕の中のデル様は温かくていい匂いがする。服越しに感じるたくましい筋肉の感じは、実に健康的だ。


(うん、いつも通りのデル様だわ。何か起こる前に辿りつけて良かった……)


 無事を確かめるように、彼の胸におでこをゴリゴリと擦り付ける。

 大切な友人が襲撃される前に合流できたことに、非常に安堵した。


(はぁ、ずっとこうしていたい……あったかい……)


 ここはもしかして楽園なのだろうか。ここ数日はずっと気を張っていたので、この居心地の良い空間に溶かされそうな心持ちになる。

 

 しばらくうっとりしていると、すぐ上から声が掛かった。


「……セーナ、本当にそなたはたちが悪いな。……場所を移動しよう、ここまで来てくれたのには訳があるのだろう? エロウス、その馬は外壁の馬車乗り場へ返却しておいてくれ」

「はっ、かしこまりました!」


 少年騎士がビシッと敬礼した。


(……あれっ、何であの馬車乗り場から借りたことを知っているのかしら?)


 がっしりしがみ付いている私の頭を優しく撫でてくれた後、デル様は指をパチンと鳴らした。頭に浮かんだ疑問を深く考える間もなく、ひとつ瞬きする間に景色が変わる。


 私は彼の私室だという部屋へ移動していた。




「デル様、ですってぇ……?」


 ――――その日、門のあたりで石にされる者が続出して大変だった、と私が知るのはもう少し後の話である。

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