第47話
阻止円が全くできなかったということは、疫病に対してペニシリンが効かなかったということだ。ペニシリンはその作用機序から、「効きが悪い」ということはあっても「全く効かない」ということはほとんど無い。
(つまり、疫病はフィラメンタスだという仮定が強まったわ。細かいことを言えば単にグラム陰性桿菌である可能性もあるけど、それはXXX-969の抗菌スペクトルでカバーできる)
急きょドクターフラバスと話し合い、今後の方針としてはデル様の魔法でXXX-969を合成してもらう、という案へと方針転換をした。
「それなら、実験をせずに最初からXXX-969を合成してもらえばよかったんじゃないの?」とドクターフラバスは言った。
確かにその通りなのだけど、XXX-969は有機化学的に特殊な製法で合成されるため、この世界の技術では大量生産ができないのだ。デル様の魔法合成に頼りきることになり、それはあまり良くないように思えた。一方のペニシリンは青カビから簡単に作ることができるため、デル様の手を煩わせずとも民間の力で生産販売できるだろう。ペニシリンも効くのであれば、そちらの方がいいと思ったのだ。
そんな理由を述べるとドクターフラバスは納得し、君は陛下を大切に思っているんだね、なんてニコニコしながらからかわれてしまった。もちろんデル様のことは大切な友人だと思っているけれど、ドクターフラバスの笑みにはちょっと違ったニュアンスが含まれているように見えたのは、気のせいだろうか。
「こっちは大丈夫だから、セーナ君は王都へ急ぎなさい。もう時間がギリギリなんでしょう?」
「はい。国王様にしっかりお伝えしますね。大変だと思いますが、あと少し踏ん張ってください!」
トロピカリを出てからもう8日経っていた。
ほんの数日の付き合いだったけれど、ずいぶんとドクターフラバスとの絆が深まった気がする。
同じ目的に向かうもの同士、あるいは医療従事者同士、彼とは通じるものがあるように思えた。
次の街ロゼアムを抜ければ王都だが、不眠不休で走り抜けても10日目の明け方というところだろうか。1秒でも時間が惜しいので、挨拶もそこそこにゾフィーを出発した。
◇
馬車は最低限の休憩だけ挟みながら、王都を目指して走り続けた。
途中で雨が降ったため予想より時間がかかってしまい、10日目の明け方に王都の外壁へ到着した。急いで入都の手続きを済ませる。
案内所の受付嬢によると、ここからお城まで2時間くらいだそうだ。
(本当に時間がないわ……。10日目のいつ討伐があるのか分からない。明け方寝起きを襲うっていうのもあり得るし、もうこうなったら……!)
ここまで頑張ってくれた馬にお礼を言い、王都の馬車乗り場から別の馬を貸してもらう。1人乗り用の鞍と手綱、鞭も用意してもらった。
「セーナ様、どういうことでしょう!?」
帽子を目深にかぶっているので表情は分からないが、御者くんが慌てた声を出す。
それを横目に見ながら私はひらりと馬に飛び乗った。
「実は私、馬に乗れるんです。時間がないから私1人で飛ばしていきますね。用件を済ませたらすぐゾフィーに戻ると思うので、帰るまでここで待っていてもらえますか?」
馬車でゆっくりお城へ向かっては、とうてい間に合わない。そう判断した私は、1人で馬を駆ることにした。
足で馬の腹に合図を送る。ヒヒーンと頼もしい声で答えたのは、立派な体格をした黒い雄馬だ。
馬に乗るなんて高校の馬術部以来だ。高揚感でアドレナリンが出まくっているのを感じる。
「さぁ、いくわよ。やあっ!」
一つ鞭を打てば、心得たとばかりに馬は駆け出した。
「セーナさま……!!?」
御者くんの戸惑う声は、はるか遠くで聞こえた。
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