第45話

「こ、国王様に協力を要請するだって!?」


 優秀なドクターフラバスは、すぐに表情を取り戻した。


「はい。国王様は大変優れた魔力をお持ちなので、きっと薬を合成できると思うのです」


 私は、以前デル様が虹を出したときのことを思い出していた。

 彼は魔法陣を通じて、原子や陽子、そういったものを分解し、再構成させていた。その現象を目の当たりにして、魔法とはすなわち、すごく広い意味での錬金術のようなものだと私は解釈していた。つまり、森羅万象から目的物を創り出す力を彼は持っているのだ。

 暴論だという自覚はある。でも、風だの雷だのだって自由に出せるのだから、薬ひとつ作るのは簡単なんじゃないかと思う。


 幸い私は薬剤師であり研究者でもあったので、フィラメンタスの新薬であるXXX-969や、既存の抗生剤の化学構造式は全て頭に入っている。――――つまり、私が完成図を提示し、彼に魔法で合成してもらう。それが私の考えた案だ。


 デル様は心優しい国王なので、疫病で国民が苦しんでいると分かればきっと協力してくれる。というか、聡い彼なら疫病のことは当然把握していて、心を痛めているのではないだろうか。正直、『化学構造式』を理解してもらう段階が一番難しいと踏んでいる。


「せ、セーナ君は無茶苦茶だな……。色々と突っ込みたいことはあるんだけど……まずね、君はまるで国王陛下と面識があるかのような言い方をしているね? 一応聞くけれど、そうなのかい?」


 ドクターフラバスは、頭を抱えてひどく疲れ切った表情をしていた。心なしかこの数分で目の下のクマが圧倒的に濃くなった気がする。

 彼の疑問はもっともだ。こんな小娘が国王様本人の協力を前提とした案を出すなんて、どうかしていると思うのが普通だ。

 しかし、どうかしていると言われ続けているのが私だから、問題ない。元居た世界で、マッドサイエンティストとしてだけれど……


 少々複雑な気持ちになりながら、私は彼の質問に答えた。

 

「ええ、ありますよ。ドクターフラバスは信頼できそうな方ですし、口止めされているわけでもないのでお話します。実は私、国王様の専属薬師なんです」

「えっ! ああ……なるほど君が。そういうことか……あの話がセーナ君のことだったんだな。なら、まぁ、いいか……」


 ドクターフラバスは、くわっと目を見開いて驚いた。

 かと思ったら、次の瞬間にはぐたっと脱力し、力なく椅子にもたれながら何かをブツブツ呟いている。大丈夫だろうか?


「……ねぇセーナ君。ごめん、さっき黙っていたことがある。この疫病についてもう一つ分かっていることがある」

「えっ、何ですか?」


 やや力を取り戻したドクターフラバスが、改まった表情で私を見つめた。

 その仕切り直しように、思わずドキッと心臓が強く打った。


「感染しているのは皆人間なんだよ。魔族の者……普段は人間に化けてるから見た目上は同じだけども……彼等は誰も感染していない。だから今この病院スタッフは皆魔族だ、もちろん僕もね」

「そ、そうなんですか!? ま、魔族――?」

「陛下の専属薬師ということであれば、魔族の存在は別に驚くことでもないだろう? それでだね、医療スタッフは魔族なんだけど、さっき倒れた受付嬢は人間だ。事務スタッフも魔族にしておくべきだったんだ。これは僕のミスだな――」


 話を続けるドクターフラバスだけど、申し訳ないがあまり頭に入ってこなかった。

 魔族は人間に化けて暮らしていたのか。そのことで、私の頭はいっぱいだった。

 実はこれまで、心の中に引っかかっていたのだ。デル様が魔族と人間の共存と言う割には、魔族っぽい生き物が全然見当たらないなあと。

 長年の疑問が解決されて、かなりすっきりした気持ちになった。と同時に、ドクターフラバスの話が再び耳に入ってきた。


「――それで、さっき聞いたところだと、細菌は小さな生き物みたいなものなんだよね? なら説明が付く。僕たち魔族が持つ魔力は、身体の内外を常に循環していて、他の生物を排除する性質がある。だから、命を持たない毒とかは魔族にも効くんだけど、細菌みたいな生命体は魔力が堤防になってくれて感染しないんだと思う。あ、もちろん魔王様は別格だから大抵の毒も効かないけどね」

「なるほど、理解しました。……すごいですね、魔力って。そういう働きがあるのだと、初めて知りました。ぜひいつか、詳しく研究させてほしいです!」

「研究……? ていうか君は魔王様の専属薬師だから教えたけど、今の話は秘密ね。魔族の弱点にもなる話だから。……って!! だったら人間のセーナ君は感染しちゃうんじゃないのっ!?」


 ドクターフラバスは大きくのけぞって、分かりやすく慌てた。椅子が、ガタガタッと悲鳴を上げた。

 先ほどから、ドクターフラバスの感情を揺さぶりすぎている気がする。気苦労を増やしてしまっていたたまれない気持ちになる。そりゃあ、目の下のクマも濃くなるわけだ……


「あー、理論上はそうなりますね。ただ、私は仕事上様々な菌に接しているので、かなり耐性があります。……万が一感染したとしても、抗生剤が完成すれば問題ないでしょう」


 真実半分、嘘半分。

 感染済みのフィラメンタスや類縁菌、一般的な細菌であれば、体内に免疫ができているから問題ない。まずいのは、細菌ではない未知の病気だった場合だ。そうなった場合はさすがに策がないので、生死は運に任せるしかない。

 だけど、それも今更である。医療従事者たるもの、日々そういう脅威にさらされながら働いているのだ。


「――時間がありません。さっそく抗生剤の実験をしたいので、今から言う物を準備していただけますか?」


 ドクターフラバスは真剣な面持ちで頷いた。

 研究者として病原体と戦っていた毎日を思い出し、心の奥に熱い火が灯ったのを感じた。

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