第34話

デル様が帰宅したので、朝風呂を済ませ昨日のスープの残りと、獲れたてのバッタをこんがり焼いたやつを食べて腹を満たした。もう昼近いが、今日することは決めている。毒薬作りだ。


 デル様が帰る前に話していったことがある。私は専属薬師になったことで、デル様に恨みを持つ輩から命を狙われる可能性があるとのことだ。先の誘拐犯についてもその可能性があり、調査をするらしい。

 彼は守ってくれると言っていたが、いつでもどこでも駆けつけられるわけではないだろう。自分でも自衛の手段を確保しておきたい。

 腕力も魔力もないアラサー薬剤師が悪者に対抗できることはたった1つ、毒薬しかない。


 漢方薬に使われる素材の中には、量や下処理の仕方を誤ると毒になり得るものがいくつかある。それらを惜しみなく混ぜ込んだ毒茶と毒団子を作ろうと思う。毒団子は長期保存が可能なように加工して、常に持ち歩くつもりだ。


 人の健康と笑顔を守る薬剤師が毒薬を調合するなんて世も末だけれど、誰だって自分の命が一番大事だ。私は少々頭のおかしい研究者だという自覚はあるが、医療者として最低限の倫理観はある。使う機会が来ないことを切に祈りながら、私は調合室へ移動した。



 棚から瓶を3つ取り出す。「附子ぶし」「半夏はんげ」「檳榔子びんろうし」とラベルがついたものだ。

 念には念を入れ、正方形の布を三角形になるよう折り畳み、それで口元を覆って後頭部でキュッと布の端を縛る。簡易マスクのつもりだ。


 まず、附子。キンポウゲ科ハナトリカブトの根茎を乾燥させたものだ。ここにあるのは修治―――つまり弱毒化の処理をする前のものなので、毒成分を豊富に含んでいる状態だ。嘔吐、呼吸困難、臓器不全といった症状が比較的早く現れるのが特徴だ。


 次に、半夏。サトイモ科カラスビシャクのコルク層を除いて乾燥させた塊茎を用いる。生に近い方が毒性が高いため、比較的乾燥が甘そうなスライス片をチョイスする。附子ほど強力な毒ではないが、粘膜を腫らしたり刺激感を与えることが出来る。


 最後に、檳榔子。シュロ科ビンロウの成熟種子だ。ビンロウはとても背の高い植物なので採集にとても苦労した。毒成分アコレリンはニコチンに似た作用を持っており、過剰摂取により嘔吐、昏睡などを引き起こす。


 これら3種の素材を、常用量をはるかに超える量で調合していく。正直、附子だけでも確実に死ねると思うが、この世界の悪人が元の世界の人間と同じ生態をしているか分からないので、どれかには当たるように3種類でいくことにしたのだ。

 味としてはかなり口当たりが悪いはずなので、甘味料として甘草もぶち込んでおく。


 毒茶にするぶんはそのままパックに詰める。毒団子にする方はパウダー状になるまですり潰し、水に溶いて小麦粉に練り込んだ。


「ふぅ~、完成完成~っ!」


 毒薬作りとはいえ、こういう手を動かす作業はやはり好きだ。


(………いざ完成してみると誰かに試してみたくなるわね。しないけど…)


 私は達成感をひしひしと感じながら、出来上がった製品をうっとりと眺めるのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る